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【寄稿】仏教時事論評「現代の花祭り」

エア寺ではご縁のある仏教学者、仏教実践者の方々に寄稿いただき、仏教にまつわるあれこれを発信しています。今回は仏教学者であり、また浄土真宗寺院の住職もつとめられている石田一裕先生に、現代の花祭りについて執筆いただきました。


石田一裕
大正大学非常勤講師・久保山光明寺住職


仏教時事論評「現代の花祭り」


 四月は仏教徒にとってめでたい月である。というのも八日に釈尊の生誕を祝うが行われるからだ。今年は、コロナ下でしばらく開催されていなかったこの法会に、久々に参詣者を招いて開催した寺院も多いことだろう。

 日本における灌仏会の起源は飛鳥時代にまでさかのぼる。『日本書紀』第二十二巻には推古天皇十四年(六〇六)に奈良の元興寺に一体の仏像が納められ、この年から四月八日と七月十五日に法要が行われるようになったと記されている。七月の法要はお盆、そして四月の法要は釈尊の生誕を祝う灌仏会と考えられる。これは仏像からも推測ができる。灌仏会の本尊となる誕生仏には七世紀の作例があり、そのなかには朝鮮半島で作られたものもある。

 六世紀に仏像とともに仏教が日本に伝来し、それからすぐに誕生仏が伝わり、その仏像を祀る灌仏会が行われるようになったと考えられよう。いずれにしても、灌仏会は日本仏教の最古の法要の一つといえるものである。  

 灌仏会の起源については楊宇洲二〇二〇に詳しい。これによれば『三国誌』「呉書・劉繇伝」が中国における灌仏会の最古の記録である。仏教関係の文献では四世紀初めの人物が四月八日に灌仏を行ったと記録があり(『高僧伝』)、またそれから一〇〇年ほどたった大明六年(四六二)には、皇帝が宮殿内で灌仏の法要をしたと伝えられている(『仏祖統紀』)。中国では二世紀半ばから経典の翻訳がはじまり、その後一〇〇年ほどをかけて仏教儀礼も浸透した。そして灌仏会は中国においてメジャーな仏教儀礼の一つとなっていくのである。

 さて、現代では灌仏会は「花祭り」として広く知られている。この呼称は灌仏会の歴史からすると、とても新しいものである。その起源はドイツにある。三谷二〇一三によれば、一九〇一年四月八日にベルリンにて当地在住の日本人僧侶を中心に「ブルーメンフェスト(花祭り)」が行われた。中心となったのは日本からドイツに渡った留学僧や研究者たちであった。このブルーメンフェストはドイツ人も招待され、盛大に営まれたようだ。そして、この行事は日本でも話題になった。正岡子規『墨汁一滴』は一九〇一年五月十六日の記事として「灌仏会」に言及しており、ベルリンの花祭りの様子がひと月後には日本にも伝わっていたことがわかる。ドイツで行われたこの行事が「花祭り」の呼称の起源であり、以降、日本でもこれが用いられるようになった。

 花祭りの呼称が逆輸入されてから一〇〇年を経て、いまこの祭りは進化を遂げようとしている。キリストの生誕を祝うクリスマスと比べて地味な花祭りを、盛り上げていこうという機運が高まっているのである。それを推進する代表者は「カレー坊主(@curry_boz)」である。彼は「四月八日はカレーを食べよう」というハッシュタグを掲げて、ツイッターを主戦場にSNSで花祭りを盛り上げる運動を展開している。令和二年には有志とともに仏教カレー協会を結成し、理事の一人として活動を広げる。これは日本の国民食であり、インド由来のカレーを、同じくインドに起源をもつ仏教とコラボさせるユニークなものである。しかし不真面目な活動ではなく、不特定多数に仏教を広めようと模索したすえに生み出された現代の布教活動といえよう。今後の進展が楽しみである。

 釈尊の生誕を祝う花祭りは、仏教が伝播した地域の風習などに影響を受けて灌仏会として儀礼化された。それがドイツに伝わり「花祭り」となった。そして、日本に逆輸入された花祭りは、二一世紀になってインド伝来のカレーと再会を果たし、いまさらに存在感を高めようとしている。仏教はその時代や土地、また人に合わせてさまざまなに信仰された。現代の花祭りもまた、そのような仏教のしなやかさを示すものであろう。

参考文献
中西直樹 「「花祭り」の起源」、『中外日報』「論」2018年4月6日
福田琢  「花祭りをめぐって」、『同朋大学大学院文学研究科』第11号、2015年
三谷真澄 「ベルリンの仏教事情」、『佛教學研究』通号69号、2013年
劉継生  「山東仏教の成立と変容過程」


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