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【夢×夜:25】とあるクリスマスの夜に

こんな夢を見た。

取引先のアラサーの男性から、好意的に見られているのは薄々理解していたある日。クリスマスの夜に待ち合わせをしたいという、まあつまりはそういう事だろう話を受けた。
取引先の相手という、どうにもややこしくなりそうな間柄なので向こうからしてみれば分かりにくいだろうが、実のところこちらも満更ではない。

「いいよ」

などとクールにサラリと了承しているが、心の中ではガッツポーズなのである。

さて。どこかの年の12月25日。
京都駅構内で19:00。
あちこちにクリスマスの装飾が輝いている。
待ち合わせの時間的に多分私は休みなんだろう、何で京都駅集合なのかも分からないが、それなりに寒さ対策もしつつデートとして無理のない範囲で着飾っている。

暇潰しにスマホを見るふりをしつつ、これまでの待ち人とのやり取りを思い返す。
まあ……あからさまなまでに好意を示されてはいた。と思う。
遂に明確に告白とかされるのかな。嬉しいけど仕事での関わりとしてなかなか大変だしな。

あと取引先の人間とのこういったプライベートの関わりは一切禁止されている会社なので(ここは本当)、ともすればいよいよ退職をせねばなあ。
いやでも向こうは彼女いるらしいとか誰かが噂してたんじゃなかったか?別れてるんなら構わんが、ああいやそれともこれが「そういう」集合だと思ってるのは私の勘違いの可能性もあるわけで。

何せ連絡先の交換すら禁じられているので、事前に言われた日時に言われた場所に来ているだけの身。「今どこ」などというスマホでのやり取りがあるわけでもないので、まさか集合場所や時間を間違えているのだろうか、と不安になる19:30。

まーでも忙しい身だろうから、残業かもしれんな。思えばこうして待ち人来ず、というシチュエーションで過ごすのも久しぶりだ。ああ、あの頃は4時間待って来なかった事もあったな(これも本当)、それを思えば全然余裕で待てるわ。うん。

不安?いいえ?年上女性の余裕ってやつですけど?

「あの……コウノさんですか?」
「はい?」
声を掛けられて振り向くと、見知らぬ男女。
「僕達、○○の大学の頃の友達です」
「ああ……確かR大学の」
「そうです! で、○○がちょっと遅れるらしくて、でもコウノさんの連絡先知らないから、代わりに伝えて欲しいって言われて来たんです」
「その為にわざわざ? ありがとうございます」
「一応20:00位になりそうって事なんですけど」
と、時計を見ると19:57。
まだ来なさそうな雰囲気に3人で苦笑する。
「すいません、今日の約束、○○が言い出したんですよね、なのにこんなに待たせて」
「いえ、むしろこうして友達の為にメッセンジャーなさって下さって……○○さんはいいお友達を持ちましたね」
気遣い半分、実際いい友情だなと感心する気持ち半分でそう告げると、照れくさそうに少しだけ会釈のように礼を告げ、じゃあ僕達はこれで、と地下鉄側の改札をくぐって行った。

 ※

さて20:17。待ち人来たる。
「本当すみません。最後の最後で大口の案件が来てしまって」
いつもは割とスマートな出で立ちをする男が、走って来たのか息も髪も乱れている。聞くと、今日は駅チカの家電量販店にいたらしい。成程、だから京都駅集合だったのか、と理解する。
「あーそれは仕方ないね、お疲れ様」
「? 怒んないですか?」
「怒らんよ。だってそこで大口来たんなら、それ成約に繋げるのが貴方の役割でしょう。私も立場的にそうするもん」
大口案件を請け負うっていうのは、それなりに信頼と実績があるから故なので、嬉しいけど仕方ないし、逆にそこを他の人に託して成約されるのも悔しいし、成約にならないのもやはり悔しいのである。
余程怒られると思っていたのか、心からホッとしたような顔を見せた。いつもは余裕綽々みたいな面構えなのに、こんな顔もするのか。
「さて。で、どこに行くつもりやったん?」
「あー…………実はディナーを予約してたんですけど、時間的にキャンセル扱いになってしまって」
「そっか。お腹空いてる?」
「そりゃまあ」
「何食べたい?合わせるから、○○さんの食べたい物を食べよ」
「いいんですか?」
「まあ苦手な食べ物とかもあるから、そういうのじゃなきゃ」
京都駅周辺っていっぱいありそうやね、と辺りを見渡すこちらを、じっと見つめているのが分かった。
「……正直に言うと」
「うん」
「正直に言うと、僕、ラーメン食べたいです」
「おー、いいねえ」
「いやでも……自分からクリスマスにデートに誘っておいて、ラーメンとか」
成程、やっぱりデートだったのか、と言い掛けたがここは飲み込み。
「いいやん、どうせクリスマスで小洒落た所はどこもいっぱいやろ。逆にそういう所の方が空いてんちゃう?」
「…………」
「ほら行こ。何処にあるん?」
格好つけようとして色々失敗したと思って内心しょげてるんだろうな、と、目の前の男の背中をぽんぽん叩いて慰める。
「……コウノさん」
「ん?」
「好きです」
「うん知ってる」
本題を適当に躱すこちらの手を取り、許可なく恋人繋ぎをして歩き出した。行き先は恐らくラーメン屋。
やっぱり走って来たんだろう、手が汗ばんでる。まあ嫌ではないのでそのままにしておく。
「ラーメン食べた後、行きたい所があって」
「うん、いいよ」
「その結果…………コウノさんは今日……大阪には帰れません」
尻すぼみになる声が少し震えたのが分かった。彼なりの、必死のお誘いなんだろうな。
「明日も休みやからいいよ」
「いいんですか?」
思わず立ち止まって振り返る。
「? いいよ?」
「いやその……意味的に……」
劣情と戸惑いと懺悔のような気持ちが目の色に入り混じってこちらを見る。唾を飲み込む音がうるさい。これは私が発した音らしい。
「うーん……まあそれはちょっと彼氏と相談しないと」
「えっ」
「嘘です」
「え」
「でも好きな人ならいるけど」
「また嘘でしょ」
「嘘じゃないです」
「えっ」
こちらの発言にいちいち振り回されるのが可愛らしくて、思わず微笑んだ。
「はいはい、ラーメン屋行くよー」
京都タワーを目前に歩き出す。流石は冬の京都。外に出た途端、思わず「寒っ」と声が出た。
「コウノさんて、デートでサイゼリヤとか行っても気にしないタイプ?」
「何なら吉野家でもいいけど。美味しいよねサイゼリヤ。そっちは? そういうの嫌がられる系の彼女?」
「まあ……そうでしたね。もう別れましたけど」
「ふーん」
別れたのか。そうか。ふーん。
「じゃあこれからは、小洒落てる、とかデートにピッタリ、とか関係なく、お互い食べたいと思った物を食べるようにしよ」
「いいですね……え?」
「ん? あれ? デートって今回限りやった?」
「いえ……いえ!」
声が弾んだ。心なしか足取りも軽そうだ。
信号の先にラーメン屋の看板が見えて来た。お腹空いたね、なんて他愛もない事を喋りつつ、肝心な事を伝えておく。自分の中で退職の腹が決まった。
「○○さん」
「?」
「好きやよ」
「! ちょ……何でこのタイミングで……」
「ふふふ」
「あーーーーーもーーーーー」
クリスマスだから空いてるだろうと思いきや、同じ事を考えていたカップル達が意外と多く。彼らの後ろで寒さを凌ぐ。
ようやく暖簾をくぐる頃には、雪がちらついて来た。20:56。








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