54. にんにくと玉ねぎはどちらを先に炒めるべきか? 問題

ニューヨークのイベントでカレーを作って提供した。生まれて初めてのことである。

タイカレーとインドカレーの2種を各500人分ずつ。インドカレーは、AIR SPICEの基本のチキンカレーと同じスパイスの配合で挑戦した。油の量を1.5倍にすることで、インドカレーっぽさを演出。この油を増量したことによって結果的にすごく勉強になった。100リットル近くのカレーを作るのに寸胴鍋を2つ使う。ひと鍋50リットル近くのカレーを同時並行で作る。45リットルほどのカレーに油を3リットル使ったから、結果的には1人前10ml程度の油の計算。それほどの量にはならなかった。が、寸胴鍋に入れて炒め始めると油だけでそこそこの深さになる。

ホールスパイスを炒めてにんにく、しょうがのみじん切りを加えてこんがりとし始めるまで炒める。ここまではいつも通り、なのだけれど、そのあと厚切りスライスの玉ねぎを入れてから、ちょっとだけ未知の世界が繰り広げられた。玉ねぎ自身から出る水分と元々の油で、過去に経験がないくらい鍋の中がじゃぶじゃぶ、ぐつぐつとし始めたのだ。それでも加熱は進行しているから炒め続ける。火加減は業務用のコンロでマックスの強火。鍋底を木ベラでこすりながら作業を続けた。途中から異変に気が付き始めた。

玉ねぎが色づいてくるスピードよりもにんにく(&しょうが)に火が入るスピードの方がいつもより速い。にんにくの加熱具合と玉ねぎの加熱具合にはそれぞれにゴールイメージがあるから(カレーごとに違うのだけれど)、それを想定して玉ねぎの投入タイミングを決めているのだけれど、その計算と鍋中の状態が合わないのだ。原因は、先に重くなったにんにくが沈んでいくことにありそうだ。水分が抜けるだけでなく、サイズが小さいから玉ねぎと玉ねぎの合間を縫って下に落ちていく。当然、鍋底に近いものの方が火が入る。これが45リットルではなく、10リットル程度のカレーを作る量だったら何度も経験しているからこんなことになるとは想定していない。ところが、油と玉ねぎの水分で鍋中の容積が大きくなっている分、深さが出ているから、普段よりも頻繁に木べらを動かして鍋中のにんにくを泳がせないと火入れが予想以上に速く進行してしまうのだ。

そーかー、こうなるのかー。地味なプロセスだけれど、ものすごくいい経験になった。

そういえば、インド人のシェフによっては(作る料理によって、という場合もあるが)、スライスした玉ねぎの後にみじん切りのにんにくを加えて炒めるシェフがいる。逆にすりおろしのにんにくをスライスした玉ねぎの前に投入するシェフもいる。理由を聞いても納得する答えは返ってこない。要はにんにくと玉ねぎにそれぞれどの程度の火を入れたいかによって切り方や投入タイミングは決まるのだけれど、基本的な考え方は、「火の通りにくいものから火の通りやすいものの順で加える」がセオリーだと僕は考えている。だから、ざっくり言えば、にんにくがみじん切りなら玉ねぎより前か同時、にんにくがすりおろしなら玉ねぎより後、が鉄則。これを把握した上で目指す風味によって意図的に同じタイミングや逆のタイミングにしたり、投入時間を変えたりする。ただ、それは、1リットルのカレーを作るときと10リットルのときと45リットルのときでは、まただいぶ変わってくるということだ。

ニンニクにせよ玉ねぎにせよ、加熱している最中に彼らが鍋中のどこに存在していてどんな動きをしているかを把握していなかったら理想的な加熱はできない。11人の選手をピッチに送り出せばあとはいいサッカーをしてくれるだろう、というわけにはいかないのだ。監督は、ニンニクや玉ねぎのコンディションを見極め、鍋中に送り出した後も木べらを使って上手にポジショニングし、フォーメーションを組めなければいけない。しかも、ホームとアウェイ、予選と決勝、Jリーグとワールドカップでは戦い方を変えるように、鍋の底面積や材質、作るカレーの量によって加熱方法を変えていかなければならないのだ。……なあんてね。サッカーのことを何も知らないくせにサッカーで例えようとした自分に驚いた。

カレーを作っている最中、僕は、鍋中を観察するのが大好きだ。何があったの? と不思議がられるくらい、いつも鍋の中をじっと見つめ続けている。でも、大量に作るとき、鍋中の食材や水分の量が多いときは、表面に見えている部分だけを見るのではなく、見えていない深さのところで何が起こっているのかを想像できる技術が必要になる。おいしいカレーを作るためにはそういう意味での想像力も必要だ。ニューヨークで僕が改めて実感したことだった。

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