ホールスパイス問題

97.カレーにホールスパイスを使う意味はあるのか? 問題

形をつぶしていない丸のままのスパイスは「ホールスパイス」と呼ばれている。ホールの「カルダモン、クローブ、シナモン」の3種類のことを僕は、「肉のカレーと相性のいい3点セット」と呼んだりしている。同時にこのスパイスは、マサラチャイを作るときにも活躍する。ガラムマサラの主原料であることからもわかる通り、3つ合わせるとバランスのいい香りを発揮する。三本の矢の教えのように寄り添っているスパイスだと思う。
ホールスパイスとパウダースパイスの使い分けについてよく質問を受ける。僕には明確な答えがあるけれど、それを説明するには、この場では文字数が足りなさすぎる。いつか「カレーの教科書」の上級編みたいな書籍を出す機会があったら詳しく書きたいと思う。
ざっくりとしたことだけ書くと、「ホールスパイスは柔らかく香り、パウダースパイスは力強く香る」という特徴がある。また、ゴールデンルール的に言えば、ホールスパイスはパウダースパイスよりも先に鍋に投入される。スパイスの香りはABCの順序で鍋に投入したら、食べるときはCBAの順で香る。この辺りのことを考慮しながら、ホールとパウダーの使い分けや投入タイミングの調整をしている。
ホールスパイスを使うのは楽しいし、本格的に作っている気分になれるから盛り上がる。でも、スパイスを丸のままで使うことにどれだけの意味があるのだろうか。そんな疑問が前からあった。だって、やわらかく香らせたいなら、パウダースパイスに置き換えて量を減らせば結果は同じになるんじゃないか。ホールスパイスを口の中で噛んでしまったときの苦い体験を訴える人も多いから、使わなくていいなら使わずにカレーを作りたい気持ちもわかる。
早速、実験してみることにした。幸い、先週末、浜松でイベントがあった。60食分のチキンカレーを販売するのと、20食分のキーマカレーをデモンストレーションする予定になっていたから、どちらもホールスパイスを使わない手法で取り組んでみた。
チキンカレーのほうに選んだホールスパイスは、「ブラウンマスタードシード、フェヌグリークシード、フェンネルシード」の3種。キーマカレーのほうに選んだホールスパイスは、「カルダモン、クローブ、シナモン」の3種。それぞれをミルで粉に挽き、もともと準備していたパウダースパイスに混ぜ合わせてカレーを作った。結果、どちらのカレーも狙い通りの味わいに仕上がったのだ。あれ? じゃあ、ホールスパイスって要らないんじゃない? 結論が出たわけではないけれど、少なくとも、「ホールがないと話にならない」みたいなことではなさそうだ。
もちろん、ホールスパイスを使わないことによるメリットもデメリットもある。メリットは、香りのコントロールがしやすいこと。丸のままの状態は個体差が大きく、グラムで計って同じ量を加えたとしても、毎回同じ香りが出るとは限らない。特にシード系の小さなものはともかく、形の大きいスパイスになればなるほどコントロールはしにくい。パウダーは、粉状だから鍋に加える均一に広がっていく。グレードや状態が同じスパイスならば、加えただけの香りが生まれてわかりやすい。
デメリットのは、たとえば、南インド料理系のテンパリングのように、スパイスそのものの香りを活かしたいのではなく、スパイスの表面を使って香味を引き立てたい調理プロセスなんかのときに、パウダースパイスでは“あの感じ”が出ないというのがある。また、結果的に使用するパウダースパイスの総量が多くなってしまうと粉っぽい舌ざわりや雑味や苦味につながりやすくなる。加える量には慎重にならなければいけない。
この考え方が応用されるのが、実はチャイであることもつい最近知った。大阪「カンテグランデ」に長年いらした神原さんが行うチャイの学校へ行ったとき、マサラチャイにパウダースパイスを使っているのを見て、彼に質問をした。「ホールスパイスにしない理由はなんですか?」。神原さんの答えは、「一般の人が作るときに香りがうまく出やすいから」ということだった。確かに10分にも満たない調理時間で完成するチャイにホールスパイスを加えてもその香りが十分に出るとは思えない。パウダースパイスにしたほうが、誰がやっても個体差に左右されることなく一定の香りを抽出できるだろう。
ここまで書いておいて、「じゃあ、水野さんはこれからホールスパイスは使わないんですか?」と聞かれたら、「いいえ、使いまくります」と答えるつもりだ。理由? 理由はひとつにしぼれない。しいて言うなら、スパイスを駆使したり操ったりという作業を楽しみたいから、ということかな。たとえそれが自己満足だとしても、微妙な違いにはこだわってカレー作りを楽しみたいと思う。

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