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55. カレーを煮込むときは鍋中をかきまぜるべきか?

問題10年ぶりくらいにカレーを焦がした。浜松のとある会場で午前・午後と2回の料理教室を行った後、夕方から同じ会場で別メンバーが集まる懇親会が予定されていて、そのためのチキンカレーを3種類作っていたときのこと。現場にちょうどいい鍋がなく、明らかに薄いステンレスの小型寸胴鍋で煮込みを開始。弱めの中火くらいに設定したまま、少し離れたとことでその日の夜のホテルの予約を開始。そろそろ、とキッチンに火加減を確認しに行くと、ほんのり焦げ臭い匂い。やっちゃった……。

その昔にも焦がした記憶はあるものの、この10年くらいはやっていない気がするから本当に久しぶりだった。パプリカパウダーをどっさり入れたカレーだったから、スペインのスモークパプリカをカレーに使った(あまり相性はよくないです)ときにちょっと似たような香りになったことがある。仲間内の集まる懇親会だったので、甘えさせてもらってそのまま提供したが、なぜこんなことになったのだろう、と考える羽目になった。

なぜって、そりゃ、鍋が薄くて火加減が強くて鍋中をかきまぜていなかったから、なのであって原因はハッキリしている。なぜというよりも、どんなプロセスで焦げたのかが知りたいと思った。カレーを煮込んでいるときは、当然だけれど、鍋中のソースは何かしらの色に“濁っている”ので鍋中や鍋底で何が起こっているかを見ることはできない。でも、見たい。鶏肉はどこにいてどう動いているのか、玉ねぎを炒めたベースはどんなふうに形状が変化しているのか。鍋底に何かしらがこびりついて焦げていく変化はどんなふうなのか。でも、それを見ることはできないのだ。

作るカレーにもよるのだけれど、僕は、カレーを煮込むときにはあまり鍋中をかきまぜたくないと思っている。玉ねぎなどを炒めるときも同じスタンスなのだけれど、「鍋中はできるだけ触らない」ほうが僕にとっては理想的な火入れができるし、「そのほうがちょっと格好いいよね」という思いも心の片隅にある。「ここまでは大丈夫」とか「そろそろ危ない」とかいうギリギリを見極める感覚や技術が問われるからだ。

過去の経験からの推測に過ぎないが、カレーを煮込んでいるとき、鍋中をかきまぜないでいると玉ねぎを炒めたベースは、そこに沈殿する。すなわち最も高温が伝わっている鍋底に設置されるわけだから、煮込みながらも局地的には炒めているような現象が起こっているはずだ。だから、煮込み時に鍋中をかきまぜないでそうっとしておくほうが、常にかきまぜ続けるよりもベースの加熱が進んで溶けやすくなる。すると、カレーソースは滑らかに仕上がるのだ。この感じが僕は好きで、あまりかきまぜたくない。叶うなら上澄み(鍋に入ったカレーの半分から上部分)だけを具と一緒にすくって食べたいくらいだ。鍋底に沈んだベースからは味がソースに溶け出しているはずだから、ざらっとしたペーストを口に入れることなく、舌触りがなめらかなまま同じおいしさをキープしたカレーを堪能することができるだろう。

かつて、老舗カレー店「デリー」の田中社長がポークビンダルーを作っているときに聞いた話だが、田中さんは、カレーを煮込むときには常にかきまぜ続けるとおいしくなる気がする、と言っていた。「そのほうが空気が入るからなんじゃないか」とも、「おいしくなぁれと唱えながらかきまぜているんですよ」とも語ってくれた。僕は田中さんのカレーが好きで、何かに書いたか本人に伝えた記憶があるけれど、複数のカレーが並んでいても味見をしたらどれが田中さんのカレーかを当てる自信がある。“彼のカレーらしさ”は、全体がまとまりよく馴染んだ味わいが特徴だ。それは、煮込み時に常にかきまぜ続け、空気が入る(?)ことによる効果なんじゃないかと思う。

好きな味だが僕のカレーとは違うなと思う。カレーを煮込むときに鍋中をかきまぜ続けるのと、できる限りかきまぜないように我慢するのとでは同じレシピで作ってもだいぶ違う味わいに仕上がるはずだ。どっちがいいかは作るカレーをどう仕上げたいかによるし、好みによると僕は思う。ま、カレーを焦がした奴が何言ってんだ!? って話だけれど……。

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