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57. ターリー、ミールス、混ぜるとなぜうまいのか? 問題

このところ、ひと皿に複数のカレーやスパイス料理を盛り合わせるスタイルが流行している。インド全土でそれをターリーと呼び、特に南インドではミールスと呼ぶ。スリランカにも同様に盛合せ定食的なものがある。それから派生したと言われているのが、大阪のスパイスカレーと呼ばれているスタイルだ。流行と言ってもまだ一部の人たちの間で、という感じだけれど、メディアが好んで取り上げるのは、そういうポイントだったりするから、かなり受け入れられているような印象を受ける。これらのスタイルがなぜ人気なんだろう。

ひと皿で様々な味わいが楽しめるからお得感が高い。ひと皿に彩り豊かな料理が並ぶから華やかで、“インスタ映え”もする。大きな要因だと思う。それとは別に料理そのものの魅力もある。複数の料理がひとつに混ざり合うことによって複雑、濃厚な味わいを奏でる。そういうものを人はおいしいと感じる。それを生物学的(?)に立証しているのは、伏木亨さんという方だ。たしか講談社から出ている彼の「コクと旨味の秘密」という新書は抜群に面白く、そのことが詳しく解説されている。

僕が生まれて初めてミールスを食べたのは、もう何時の事か覚えていないほど昔だが、そのときに「これは!」と感じた魅力は全く別のものだった。食べ手が味を創造できるという点である。一般的な料理(もしくは西洋的な料理?)は、作り手が完成された味わいを提供し、食べ手は出されるがままにいただく。ところがミールスは違う。作り手が提供したものを食べ手が自由に混ぜて食べる。すなわち、そのときにテーブルの上で新しい味、予期せぬ味ができあがる。3人が同時に同じミールスを注文しても、混ぜ方によってAさん、Bさん、Cさんの食べている味はまるで別の料理であるかのように変幻するのだ。こんなクリエイティブな料理があるなんて! そう感動を覚えたのを思い出す。

この手の料理を自分で作ってイベントなどで提供するようになってから、またしてもこれまでとは全く別の魅力(?)に気が付いた。とあるカレーを単体で出すときよりも、ターリーやミールス形式で料理を作るときの方が、作っている僕自身にはるかに大きな安心感があるのだ。なぜだろう。それを考えて気が付いた。きっと多くの人の好みに対応できているからだ、と。不特定多数に単品のカレーを提供する時には、そのカレーが多くの人の好みにあっているかどうかが心配になる。でも、複数のカレーを盛り合わせられる料理なら、ヒットする確率は高くなる。5種類あるうちの2種類程度が「おいしい!」となれば、残りがそこそこでも食後の満足度はそこそこ得られるだろう。

刀一本で戦いに挑むよりも、いくつも武器を持っていたほうが安心できるのは当然のことだ。でも……、刀一本で戦う人のほうが格好いいじゃないか、とも思う。実力があれば、いくつも武器は要らないからだ。あれもこれも提供して「いかがでしょうか?」とやるよりも、「このカレー単品で勝負する」と自信を持って出せる人のほうが僕は憧れる。
それって、もしかしたら、アイドルの世界にも通じるのかも!? かつては松田聖子がひとりステージに立てば客席の全員が熱狂した。でも、いまは、48人のアイドルが一斉に集まってこそ、ステージが成立する。客席にいる人たちの好みは48通り。2時間のコンサートで楽しみ方は千差万別だろう。

そうか、ターリーやミールスは、AKB48なんだ! あ、いや、アイドルのことをろくに知らない僕がこんなこと書いたらきっと色んな人に怒られるんだろうなぁ。単品勝負できるカレーと複数を盛り合わせておいしくなるカレーとは性質が違う。松田聖子が48人ステージにいたら、見てるこっちはお腹いっぱいになるだろう。今度、何かしらの盛合せ定食的なカレーを食べる時にはちょっと意識してみたいことがある。皿を構成している料理ひとつひとつがばら売りされていたら、それぞれは単品で注文するに値する味わいだろうか、と。緩急をつけるとかメリハリをつけるとかいうことが作るときに設計されるから、うまい! という味と、まあまあ……という味とが混ざることで総合的なおいしさを作っているのが魅力なのかもしれない。

どちらもそれぞれに魅力がある。でも、僕は個人的には、やっぱり刀一本で勝負できるカレー料理人になりたい。別に熱狂的な松田聖子ファンというわけではないのだけれどね。

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