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45. 肉を煮込んだほうがカレーはおいしくなるのか? 問題

煮込めば煮込むほどカレーがおいしくなる、という考え方は、最近では下火になってきているような気がします。特に肉料理。肉には種類や部位ごとに適正な煮込み時間がある。それを超えてまで煮込んでもカレーはおいしくならない。カレーに限らずすべての料理に言えることです。
昨夜、NHK-Eテレの番組「趣味どきっ!」では、ホテルのカレーを特集しました。OA上はどこのホテル化を明言できませんが、見た人には一目瞭然でしたね。箱根の富士屋ホテルのカレーを取材しました。コンソメを作って寝かせて3日間、カレーのベースと合わせてカレーソースにしてから寝かせて3日間。7日目にお客さんに提供するというカレー。ジャパニーズカレーの代表格だと紹介させていただきました。
作り始めてから1週間かかるカレーにこめられた執念も見事なものですが、ここで注目したいのは、1週間かかるビーフカレーでビーフ(牛肉)が登場するのはどのタイミングか、です。最初の6日間には出てきません。お客さんに提供する当日にメインの具となる牛肉は調理されるんですね。1週間、牛肉を煮込み続けるわけではない。最初の6日間に必要なのは、ソースをおいしくするための時間です。牛肉は必要最低限の加熱でおいしく提供される。
この考え方は、かつてのホテルオークラにも流れていました。オークラのカレーは、スープを取るときに使う牛肉は、すべて濾した後に捨て、カレーソースを仕上げます。お客様から注文が入ると別のステーキ用の牛肉をソテーして、カレーソースと混ぜ合わせて仕上げ、テーブルに運ぶ。フランス料理店「ラファソン古賀」の古賀さんがランチに作るカレーもそうです。8時間ほど煮込んでスープを取りますが、ここで使う牛肉は捨てる。全く具のないカレーソースに季節の野菜や別で調理した豚の塊肉を添えて提供されます。
そこで浮かぶのが、タイトルの疑問です。肉を使うカレーは、煮込んだほうがおいしくなると考えがちです。当たり前のような気がしますね。でも、本当でしょうか。このことを2年くらい前から、僕は、代々木上原のポルトガル料理店「クリスチアノ」の佐藤シェフと議論しています。というか、議論にははっていません。僕と佐藤くんの間では結論が出ている。
肉は、むやみに煮込まないほうがカレーはおいしくなる。
もちろん、種類や部位にもよりますが。カレーの魅力は長い間、ごった煮が生むおいしさにありました。肉や野菜が混然一体となって煮込まれてこそ、おいしくなる料理。それがカレーだったんですね。でも、たとえば、鶏肉を煮込んだ時に肉からソースに出るうま味は、他のもので代用することができます。簡単に言えば鶏がらスープのようなものです。だったら、鶏肉には、スープのうま味と具のおいしさの二足の草鞋を履かせるのではなく、具としておいしい調理方法を追求して、すでにおいしくなったカレーソースと混ぜ合わせて仕上げたほうがいい。
鶏肉をほとんど煮込まずに作った佐藤君のカレーはうまかったなぁ。僕も現在、フードトラック「カレーの車」で2種類のチキンスパイスカレーを作って提供していますが、鶏肉はほとんど煮込んでいません。下味に塩こしょうをふって、しばらく置き、フライパンで表面全体をソテーする。この時点で、6割~7割の火が肉に入ります。別で仕上げたカレーソースに入れて、ほんの5分ほど煮るだけ。これで具の鶏肉は抜群にうまくなる。「カレーの車」の場合は、現場まで運んで温めなおしたりすることを計算すると、一切煮込まなくておいいくらいの感じですが、安全性のこともあるから火を中心まで通してから現場で温めることにしています。
鶏肉に頼りすぎないカレー、鶏肉に過度の負担をかけないカレー、鶏肉を煮込まないカレー。このおいしさにみんなが気づいてくれたらいいなぁと思います。二刀流で成立するのは大谷投手くらいですから。
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