65. カレーのレシピに書かれた分量は信じていいのか? 問題

冬瓜1/4個。どのくらいの量を想像するだろうか。
東京都内に住む僕は、夏場にスーパーの棚に並ぶ冬瓜のサイズが頭に入っているから、それを基準にしている。しかも、そういう冬瓜は、たいてい、1/2個とか1/4個に切った状態でラップに包まれ、値札シールが貼ってある。買い求めやすく、量の判断がしやすいから、かつてAIR SPICEのレシピを書くときに何の気なしにそう書いた。すると、思いもしない突っ込みが入った。

石垣島へ出張したときのことだ。石垣島ラー油で有名な「ペンギン食堂」の愛理さんに会ったら、こう言われたのだ。「仁ちゃん、AIR SPICEのレシピ、おかしくて吹いたよ。だって、冬瓜1/4個って書いてあるんだもん。東京の冬瓜ってどんな大きさなの?」。僕は、言われていることの意味が一瞬わからなかった。どうやら、石垣島の冬瓜は超巨大だという。実際に市場に行って腰を抜かしそうになった。で、でかい……。両手で抱えきれないほどのサイズのものもあるのだ。

レシピを書くとき、【材料】の部分に表記する材料は、「グラム(g)」とか「ミリリットル(ml)」単位で表記するべきなんだろうな。“冬瓜事件”があったからというわけではないけれど、最近、特にそう思うようになった。玉ねぎ1個、トマト1個、にんにく1片、しょうが1片。全部サイズが違う。大1個、とか小2個とか書くこともあるが、大って? 小って? どのサイズ? グラムやミリリットルで書かない理由は、「このレシピ、いちいち計量しなきゃいけないのかー、面倒くさいな」と思われないためだ(少なくとも僕の場合)。それでカレー作りにブレーキをかけてしまう人が出るのは残念だから。

今春からのAIR SPICEのレシピは、「玉ねぎ 1個(200g)」などと併記することにした。しかし、そうしたとしても、実は信じてほしくない材料がある。塩と水だ。これはもうずいぶん前から機会があるたびに口にしてきた。先日、福岡で3日間、料理教室やデモ、ライブクッキングなどのイベントをしたが、そのときもこの話をした。「レシピに書いてある水の量は絶対に信用しないでくださいね」と僕が話すと決まって笑いが起こる。それは、きっとみんな「レシピを書いたお前が言うなよ」と心の中で突っ込んでいるからだろう。「お前が言うなって話ですけど」と自嘲することだってある。でも、とても大事なことだ。

カレーの場合、たいてい、水は、煮込みに使う。たとえば、4人分のカレーをつくるのに300mlの水が必要なレシピがあったとする。300mlの根拠は、僕がレシピ開発時に試作した量がそれだからだ。ところが、この300mlは決して正解ではない。水は蒸発する。全国の家庭で作ってくれている読者の“蒸発させる量”をコントロールすることはできない。鍋の材質が違い、厚みが違い、底面積の広さが違えば最適な水分量は変動する。「弱火で30分煮込む」と書いた時、弱火の火力がほんの少しでも違えば30分間経過したのちの鍋中の水分量はまちまちになる。「ふたをして煮込む」としたときにふたの密閉度によって蒸気の漏れ方が変わる。するとある鍋のカレーは煮詰まってとろりとし、ある鍋のカレーはしゃばしゃばになる。

塩もそうだ。小さじ1と書いたら塩の粒子が細かいか粗いかで塩分濃度が変わり、10グラムと表記しても使用する塩の種類やブランドによって、グラム単位の塩分濃度が違う。だから信用してはいけない。そんなこと言ったらレシピの材料は何にしろすべて分量を信じるべきではないということになる。レシピの分量は目安でしかない。塩梅という言葉がある通り、自分の感覚に頼れるようになるのがいいのであって、レシピに正解は求めてはいけないのだと思う。有元葉子さんが昨年末、「レシピを見ないで作れるようになりましょう」という著書を出版した。早速購入して読んだが、素晴らしい本だと思った。おびただしいレシピ本を出してきた有元さんが。それこそ、「お前が言うな」本である。感動したのと同時に、「僕もずっと前からこれを言いたかったんだ!」と共感した。
そういえば、前出の愛理さんは、ずいぶん前に材料表記はあるが、分量表記の全くないレシピを著書で紹介していた。あれも、僕がいつかやりたいと思っていたことだった。みんなすごい。

さすがに僕はそんな本を出せるような身分じゃないけれど、少なくとも「塩と水だけは信用しないで」といつも言っている。塩と水を強調するわけは、「カレーの味への影響度が大きい素材」でありながら、「足したら引けない素材」でもあるからだ。ただ、逆に、「後からいくらでも足せる素材」であることが救い。だから、水300mlと書いてあったら250mlほどを加え、塩10gと書いてあったら8gほどを加えて作るのがいい。足りないな、と思ったら後で足そう。ちなみにAIR SPICEのレシピは、もともと水の量を「理想的な量の90%程度」で表記することにしている。水を入れすぎて味気ないカレーになるくらいなら、水が足りなくて濃厚なカレーになったほうが作った人の満足感が高いだろう、と考えているからだ。

冬瓜事件は未然に防ぐこともできそうだが、水事件は時間をかけて煮詰めるくらいしか解決策はないし、塩事件にいたってはお手上げである。この塩と水の分量問題は、もっと具体的な解決策を考えなくてはいけないなぁ。

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水野仁輔

カレー

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