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109.タンドーリチキンのおいしさの秘密は何か? 問題

タンドーリチキンが好きだ。毎年訪れるインドでは、到着場所がどの町であっても、最初に口にするのは、タンドーリチキンとビールにすると決めているくらい好きだ。おいしさの秘密は、ジューシーに焼かれた鶏肉の風味にあると思っている。その風味を生み出しているのは、主にスパイスを使ったマリネ液である。

好きだから自分でもよく作る。先日、久しぶりに自宅にあるタンドールを稼働させ、タンドーリチキンを焼いた。時間に余裕があるときには、マリネは2日前に済ませることにしている。しかも、マリネする前に下味をつけることも忘れない。
僕に「タンドールのキホンのキ」を教えてくれた、初台「たんどーる」の塚本シェフのレシピを踏襲して、ジンジャー&ガーリックペーストや塩、レッドチリパウダー、レモン汁などを鶏肉に揉み込み、2~3時間おく。これをするかしないかで、肉の中まで風味が浸透する度合いが変わる。

さて、下味がついたらいよいよヨーグルトが登場する。のだが、この段階で昔からずっと抱いている悩みがある。
マリネ液を100%、口の中に入れることってできないんだよな……、というものだ。タンドーリチキンのマリネ液は、(そもそも初めからそういう運命にあるということなのかもしれないが)必ずいくつかのポイントで鶏肉の表面から逃げていく。シークという専用の串に刺すとき、窯の中で焼かれているとき、盛り付けた後に口に運ぶとき。スパイスのフレーバーがしっかりと残ったあの液体がすべて口の中に入るわけではない。もったいないのである。

僕の肌感覚だが、マリネしたときのマリネ液を100%だとすると、まず、ボウルに入れても密閉袋に入れても、串に刺すときにボウルや袋の内側に5%ほどが付着して残る。串に刺した段階で15%ほどが鶏肉の表面からすべり落ちる。焼いている間に5%ほどが窯の中に落ちていく。盛り付けて口に運ぶまでに5%ほどが落ちてしまう。トータルで、30%ほどのマリネ液は、ロスしていることになる。
約1/3近くをロスすることがわかっているのなら、マリネに使うスパイスの量は増やしておかなければならないんじゃないか、とか余計な心配をしてしまう。

たとえば、湯島の老舗カレー専門店「デリー」が昔からそうしているように、マリネした鶏肉を鉄板に置き、オーブンで焼けば、マリネ液はどこへも逃げていかない。グレービーソースのようにグツグツとした液体が鉄板の上に残ったまま提供されるから、食べようと思えばスプーンですくって食べることもできる。あれはうまいけれど、タンドーリ“風”チキンだから、やはり、串に刺して炭火で焼いたスモーキーな風味とは出会えない。
そんな悩みを少しで解決しようと、昔から、マリネに使うヨーグルトの量を少しずつ減らすようにしてきた。要するにマリネ液の粘度がゆるいと肉の表面に付着しないだろうと考えたからだ。これは成功で、ヨーグルトの量は、減らせば減らすほどおいしくなった。

たっぷり時間があるのなら、水切りヨーグルトを自家製してマリネすることも覚えた。粘度を強くして付着率を高める工夫のひとつである。これも成功した。10名以上のインド料理シェフ達が集まって研究会をするLabo Indiaという取り組みでタンドーリチキンをテーマにみんなで議論したとき、「下味をつけた後、ヨーグルトマリネに入る前に鶏肉を手で軽く絞って適度に脱水することで、マリネ液の吸収率を高める」という手法を覚えた。それを実践するようにしたら、心なしか、より美味しくなった気がする。これも成功だ。
あんなこんなをしても、まだ「逃げていくヨーグルト」を完全に解決できているわけではない。ヨーグルトがなくてはあのおいしさは生まれない。でもヨーグルトがあるせいで不着率が低くなるという問題を抱える。これは悩ましい。タンドーリチキンにおけるヨーグルトは、まるで協調性の低いエースストライカーのようだ。「あいつがいないと点を取れないけど、あいつが入るとチームワークが乱れるよね」みたいな。でも、高得点のタンドーリチキンを僕は食べたいのだ。

最近、チャレンジしている工夫が、さらにひとつ増えた。下味の後の本マリネのときに、パウダースパイスとその他の材料のマリネを二段階にわけることだ。マリネに使うパウダースパイスと塩だけをあらかじめミックスし、鶏肉の表面にすり込む。下味のついた生肉の表面は粉状のスパイスがとてもよく付着する。肉の表面が「スパイス色」に変わったところで、ヨーグルト、ジンジャー&ガーリック、トマトペースト、油、などを混ぜ合わせたものを混ぜていく。仮にこのマリネ液が何かしらのタイミングで逃げて行ったとしても、そこに含まれたパウダースパイスの香りが一緒に逃げていく確率は低くなる。
この手法も一定の成功を収めた。さらに昔からやっていることだが、シークに刺した後、焼いている途中の段階で、ボウルに残ったマリネ液をゴムベラですくって肉の表面に塗るようにしている。

あれこれの対策をすべて駆使した結果、30%逃げていくはずのマリネ液は、現在、感覚的には15%ほどのロスで済むようになった。さらにいい方法がないものか、とこれからも思案を止めないでいたいと思っている。

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