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30. 時間をかけた分だけカレーはおいしくなるのか? 問題

世の中には“時短カレー”というのはあるのに“時長カレー”というのは、ない。それが僕にはとっても不満である。たとえば日常の悲しみは時間が解決してくれることもある。それと同じようにカレーの悩みも時間が解決してくれることがある。すなわち、時間をかけただけおいしくなるカレーというものがあるというわけだ。

カレーを作るプロセスで最も時間がかかるのは、何か。おそらく5か所ある。玉ねぎを炒める時間と具を煮込む時間の2か所は想像がつく人が多いだろう。残る3つは、なかなか想像しにくいかもしれない。それが必要なカレーと必要のないカレーがあるからだ。答えは? 1つ目は、マリネする時間である。スパイスとヨーグルトで鶏肉をマリネする。香味野菜と赤ワインで牛肉をマリネする。たいていはひと晩漬けこむ。

2つ目は、スープを取る時間である。いわゆるチキンブイヨンのようなものは、鶏ガラと香味野菜を最低でも3時間は煮込みたい。3つ目は、出来上がったカレーを寝かせる時間。ひと晩置いたカレーのおいしさは多くの日本人にとっては普遍的である。それが欧風カレーであろうとインドカレーであろうと。これだけ時間をかけた甲斐のあるプロセスというのは存在するのである。

さて、では、この5つのプロセスをすべて盛り込んだカレーを作ろうと思ったら、いったいどれだけの時間がかかるだろうか? 例えばマリネに6時間、スープを取るのに4時間、玉ねぎ炒めに1時間、肉の煮込みに1時間、ひと晩寝かせるのに12時間だとする。合計は、24時間になる。作り始めから完成まで24時間かかる“時長カレー”。ほとんどの人はやりたくないと思うだろう。

でも、それで本当にカレーがおいしくなるのなら、なんとかカレーのために24時間を費やすことはできないだろうか? いやいや、ちょっとそれはできないよ。そう、おそらく、みんなそれはやっぱりできない。でもよく考えてみてほしい。このカレーにかかる24時間は、我々は、キッチンにいて、鍋に張り付いていなければならない時間だろうか? もちろん違う。

ひと晩寝かせているときは、自分も寝かせてもらえばいい。マリネをしている6時間は、買い物に出かけてもいい。鍋に火がかかっているスープの4時間は、さすがに自宅から離れられないが、掃除でも洗濯でもすればいい。借りてきた映画を2本観ることだってできる。玉ねぎを炒めるのに仮に1時間かかるとして(僕のやり方なら30分もかからないけれど)、その1時間はさすがにキッチンにいたい。でも鍋に張り付いている必要はないから、洗い物でもしておこうか。具を煮込み始めてからの1時間は放置できる。買ったばかりの雑誌に目を通したり、友達とメールのやり取りでもしよう。

時間はすべての人に平等に分け与えられている。誰が何にどれだけの時間を使おうと自由である。カレーを作るのにかかる時間は、そのカレーを作るために必要な時間だが、あなたが束縛される時間ではないのだ。「このカレーは、鶏肉のマリネに6時間かかります」と言われたら誰もが眉をひそめるかもしれないが、マリネの準備にかかる時間は5分程度。この5分は、6時間前にやっても今やっても5分である。でも、6時間前にやっておけばカレーは格段にうまくなる。

僕は、毎朝、朝食のために和風の出汁を取っている。よくもまあ、そんな酔狂なことを、と思うかもしれない。でも、僕がやることは寝る前に水を張った鍋に昆布を入れておき、朝起きたら真っ先に弱火にかけ、それから顔を洗って歯を磨く。キッチンに戻ればおいしい昆布だしは出来上がっている。それを毎朝やることは何の苦労もない。

待っている時間を有効活用できる提案を盛り込んだレシピをいつか作りたいと思っている。小説家とでも組んだらいいんじゃないだろうか。そのレシピには、プロセスとプロセスの間に小説が展開される。カレーを作り始めて完成するまでにひとつの物語を読み切ることができる。時間は有効に使われる。家具ブランドとも組んで、キッチンで読書する時間を心地よく過ごせるスツールも開発しよう。豊かで贅沢な時間を過ごした上に最終的にはおいしいカレーも食べられる。未来のカレーの作り方がそこにある、かも?

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