チリ

116.レッドチリは真黒く焦がしても大丈夫なのか?

カレーを作るときに丸のままのレッドチリをどこまで炒めるのかは作り手によって好みがわかれるところだ。真っ黒になるまで炒める人は少なくない。僕も作るカレーによってはわざと焦がす場合がある。これがカレーではなく、イタリア料理のアーリオオーリオだったら違う。レッドチリを真黒くしてしまったら、きっと出入り禁止になるだろう。四川料理だって、朝天椒をはじめ何種類かのレッドチリを使うけれど、真黒くなった状態はあまり見ない。だから、基本的にはレッドチリは焦がしてはいけないスパイスなのだろう。
それでも、真黒く焦がしたレッドチリが使われたカレーがなぜかおいしいから困っている。カレーに使うレッドチリは真黒く焦がしてはいけないのだろうか? 青川峡キャンピングパークで150食分のカレーを作る機会があり、キーマカレーとポークカレーを75食ずつ作ることになったから、ポークカレーの方で実験することにした。実験といっても、普段から僕はレッドチリを黒く炒めることがあるわけだから、失敗する確率は極めて低い。ただ、調理プロセスから意図的にレッドチリだけを取り除いて個別に油で炒めてみたのだ。
たまたま東京のラボから持参したホールのテジャチリがあった。ちょうど朝天椒を少しやせ形にしたようなレッドチリだ。ヘタ(軸)と種をすべて取り除き、外皮だけの状態にして、油で炒める。赤い色が深紅色に変わり、徐々に黒ずんでいく。時間が経つにつれ変色の速度は上がる。ちょっとでも目を離せば突然、黒焦げになってしまいそう。最後は火を止めて余熱でほとんど黒い状態にまで炒めた。香りを嗅いでみると、非常に香ばしい。全く焦げた香りはしない。そうそう、この感じだよな。そう思いながら、煮込み始めた鍋にざーっと加えてそこからことことと煮込んだ。結果、カレーは予定通り、とてもおいしく仕上がったのだ。
実験する前からわかっていたことだが、丸のままのレッドチリは、(それをカレーに使う場合に限って?)真黒く焦がしても大丈夫なのである。というよりも、カレーによってはそのほうがおいしく感じる場合も多い。なぜだろうか。理由はふたつある。
ひとつは、レッドチリの外皮の表面を使って香ばしい香りを立てられるから。レッドチリ本来の香りがそもそも香ばしいものだから、相乗効果が得られるのかもしれない。実は、マスタードシードを焦がす(パチパチするのがおさまるまで火を入れる)のも同じ効果を狙っている。スパイス本来の香りは高熱によって飛んでしまうが、その分、欲しい香ばしさを得ることができる。
もうひとつの理由は、真黒くなっているけれど焦げているわけではないということだ。まもなく発売される新刊『スパイスカレーを作る』(パイインターナショナル)の中で、前からずっとやりたかった玉ねぎの炒め色の表現ページを作った。「ウサギ色→イタチ色→キツネ色→タヌキ色→ヒグマ色→ゴリラ色」というグラデーションである。もうかれこれ7~8年近くこの表現を使っているが、ゴリラ色の説明部分で僕はいつも「ゴリラまでいってしまったらさすがに炭化している状態なので、やりなおしてください」と伝えていた。今回、撮影に挑んだ際にいつもよりも慎重に炒めた。結果、真黒く色づいたゴリラ色の玉ねぎは、信じられないくらいの甘みを帯びていて、焦げ味などひとつもしなかったのだ。
真黒いから焦げているわけではない、ということを玉ねぎ炒めで僕は実感している。そういう点でいえば、レッドチリも真黒くなるまで炒めても焦げてはいないという状況を生み出せればカレーは焦げ臭くもならず、おいしく作れるということになる。インド人シェフでもレッドチリをそこまで炒める人をよく見るが、それは「黒いけど焦げていない」状態を生み出せているからなんだろう。
レッドチリがブラックチリになるまで炒めるとカレーはうまくなる。そう、焦がしたけれど焦げていないチリをブラックチリと名付けることにしよう。

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