キーマ

123.キーマカレーは炒めるべきか、煮込むべきか? 問題

キーマカレーは普段、あまり作らない。肉のうま味が出やすいから簡単においしいカレーができるというメリットはあるけれど、その分、作っていてワクワクしにくいのが理由だ。材料の工夫やテクニックで明らかに仕上がりに差が出るようなカレーのほうが腕が鳴る。
とはいうものの、最近、キーマカレーについて思いを巡らせたり実際に作ったりする機会が増えている。AIR SPICEの定番セットに「基本のチキンカレー」というものがあるが、近々、「基本のキーマカレー」を開発しようと思っているからだ。「かんたんにおいしいカレーができる」というメリットを素直にそのまま受け止めれば、スパイスカレーの入り口に立ったばかりの人にとっては、とっつきやすいスパイスセットができそうだ。

でもね、そこはただの入門編で終わらせるのでは僕が楽しくない。ひとつにはスパイスの配合をあれこれ試して、“スパイスのチョイスはマニアックだけれど、できあがるのは万人が好きな味”みたいなところを見つけたいと思っている。さらにもうひとつ、自分の中にあるちょっとした問題を解決しないことには先に進めない。それは、調理プロセスに関するものだ。
ゴールデンルールに沿ってキーマカレーを作るとき、以下のようになる。

1. 油でホールスパイスを炒める。
2. にんにく、しょうが、玉ねぎを炒める。
3. トマトを炒める。
4. パウダースパイスと塩を炒める。
5. 水を加えて煮る。
6. 挽き肉を加えて煮る。
7. 仕上げのスパイスを混ぜ合わせる。

問題視しているのは、挽き肉の調理方法だ。6番で投入するとき、生肉を鍋にどーんと加えるのはちょっと抵抗がある。他の肉のカレーもそうだが、基本的には別のフライパンなどで表面を焼いてから加えたほうがおいしくなる。挽き肉でそれを実行しようとする場合、ほとんど肉の中に火が通るまで炒めることになる。これができれば、まあ、文句はない。
僕が作るならそうするが、僕のレシピやスパイスセットで作ってくれる人たちがやるとなると、「別のフライパンを使う」ってところが大変だよな、洗い物も増えるし……、と悩むことになる。あくまでも鍋をひとつで作れるレシピにしたい。
そんなときは、ゴールデンルールの5番と6番をひっくり返すことにしている。4番まで炒めて“カレーの素”と呼んでいるペーストができあがったら、そこに生の挽き肉を投入。表面が色づくまで炒めてから水を注ぐスタイルだ。こうすることで、鍋はひとつしか使わないが、生肉にスパイスがなじみ、全体が調和しやすくなる。

ところが、このプロセスは実際にやってみるとなかなか大変だ。生の挽き肉はネチネチとモッタリとして簡単にはほぐれてくれないし、木べらで混ぜようとしても意外と重たい。かたまりがにぶく鍋中を移動するだけで、まんべんなく表面全体を色づけるなんてのは至難の業である。懸命に混ぜながら「いったい僕は何をしているんだろう?」と元気がなくなってくる。
要するに僕は挽き肉に中まで火を通したいんだよな。と同時に肉から油脂分やうま味を抽出してスパイスやソースと融合させたいんだよな。目的はそこにある。到達するために僕自身が選択したこの手段がイマイチなんじゃないだろうか……。よし、あれをやってみるか、と思ったのである。

カレーの素ができたら水を加える前に挽き肉を投入する。ここは変わらない。鍋中全体をざっと混ぜ合わせたら、炒めるのをやめる。火を弱めてふたをし、そのまま蒸し煮にするのだ。まもなく圧力のかかった鍋の中はポコポコと音を立てて煮込みが進行し始める。
10分ほど経ってふたを開けると、ブワーッと白い湯気が立ち上り、消え去った後に火の通った挽き肉が現れる。肉からかなりの水分が出るため、水を入れて煮込んだあとのようなソースができあがり、表面にはオレンジ色の油脂分がほどよく分離している。木べらで挽き肉を触ってみると、できそこないのハンバーグみたいに大きなそぼろ状に固まっている。うん、予定通りの仕上がりである。

ここから先はふたを開けたまま、必要な水を注いで煮立て、塩味を調整しながら少し煮る。煮ている間に木べらを使って大きく固まっている肉を適度にほぐす。重たい生肉を切るように炒めるのに比べたらよっぽど楽である。そればかりか、食べるときには細かくほぐれた挽き肉と適度にかたまりになった挽き肉との食感や味わいの差を楽しめていい。
キーマカレーの挽き肉は、炒めるよりも煮込むよりも、蒸し煮にするのがいいような気がする。いつもカレーを作るときに思うことだが、目指す山頂は同じだけれど、登山道はいくつもある。誰も登ったことのない道なき道でも、いい登り方を見つければ山頂に到達することはできるのだ。

キーマカレーという山にあまり登ろうとしてこなかった僕だけれど、ひとつ新しい道を見つけたから、この後、同じ山に登ろうとする人たちのためにせっせと道幅を広げて登り方指南書を整理しておきたいと思う。AIR SPICEの「基本のキーマカレー」は、きっとこの作り方を紹介することになるのだろう。
せっかくの機会だから、山小屋も建てておこうかな。キーマカレーにおける山小屋って、いったいなんだろうな。

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