25. カレーのスターター油の香りは長持ちするのか? 問題

鍋に油を熱し、丸のままのスパイスをいくつか放り込んでシュワシュワと炒める。場合によっては熱々の油でジャーッと勢いよく焦がしたりする。これがインドカレーにおける“スタータースパイス”のテクニックです。なんのためにするかと言えば、スパイスの香りを引き出して油に移すため、ということになります。確かにそうかもしれませんが、それがベストな方法なんでしょうか? 高温で加熱されたスパイスがその後、煮込みが終わるまでずっと鍋中にいる。香りはとっくに飛んでしまっているか、もしくは、微量しか残っていないんじゃないか。そこに疑問を持った人はいませんか? もしどこかにいるとしたら、僕も同じです。

昨夜、イタリアンレストランでハッとするようなペペロンチーノをいただきました。赤唐辛子を使わず、にんにくの香りとアサリの出汁で風味をつけ、仕上げにフレッシュな青唐辛子を刻んでトッピングしています。抜群においしかった。僕はペペロンチーノにはずいぶんハマった過去があります。大学時代、週に3日はペペロンチーノを作りました。それを半年以上。僕の関心は、にんにくと赤唐辛子の香りをどうやってオリーブ油に引き出すのか、でした。理想形を求めてあらゆる切り方や加熱方法を試していたんです。今思えば根暗な学生時代ですね……。

当時は、ペペロンチーノだけで一冊の本が書ける! とさえ思ってました。あのときに悩んだのが香りの問題。にんにくと赤唐辛子の香りを出そうと加熱をすれば、オリーブ油の香りは飛んでしまう。オリーブ油の香りをキープしようと加熱量を減らせば、にんにくと赤唐辛子の香りが足りない。結論は、必要最小限の普通の油をスターターに使い、にんにくと赤唐辛子の香りを出した上で、オリーブ油は仕上げの最後にまわしかけることでした。これでいいとこどりができるんです。

昨夜のイタリアンレストランのシェフも全く同じ手法を取っていることがわかり、この話で盛り上がりました。「最初にオリーブ油を使うのはモッタイナイですよね」と。これ、カレーにおけるホールスパイスとスターター油でも同じことが言えます。はじめにマスタードシードやクミンシードを炒める。もしくは、カルダモン、クローブ、シナモンを炒める。まあまあな高温で炒めて油に香りを移して、その後、玉ねぎなどを炒めて水や具を入れて煮込んでいく。なんの疑いもなく、みんなそうしています。それはインド料理がそうだからです。

でも、それが本当に正しいんでしょうか? もっといえば、香り油もそうです。ココナッツ油やマスタード油で調理をスタートさせるのは、モッタイナイんじゃないでしょうか? だって、ペペロンチーノ理論から言えば、同じことが言えますよね。せっかく香りのいい油を使っても炒めて煮込んでとしているうちに油の香りは逃げていきます。調理をしている自分だけが心地よい。でも食べる人の元に運ばれた時にはその香りは激減してしまっているんです。

オリーブ油は繊細だから心配だけど、マスタード油やココナッツ油はタフだから大丈夫? そんなことありません。一定の加熱は香りを抽出しますが、過度な加熱は香りを逃します。それは、繊細な油でもタフな油でも同じはずです。現時点での理想形は、次のやり方かもしれません。

必要最低限のひまわり油や紅花油(香りがそれほどないもの)などでじっくりホールスパイスを炒めて香りを抽出する。もしくは、香りを抽出しやすい状態にする。そこで半量ほどの油をホールスパイスとともに鍋から取り除き、容器に入れてキープする。鍋に残った油でカレーを作り、仕上げで容器の油をホールスパイスごと加えて混ぜ合わせる。ホールスパイスの香りは、(調理時間にもよりますが)カレーを作っている間、油に抽出され続けるはずです。

正解はわかりません。でも、いつの間にか当たり前のように行っていた作業に「そもそも……」と疑問を持ってアプローチする必要があると思います。学生時代の自分のほうがよっぽど純粋な好奇心を持って料理に取り組んでいたのかもなぁ、とちょっと反省しました。

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