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56. スパイスの香りを左右する品質はどう決まるのか? 問題

スパイスのブラインドテイスティングチェックを行ったことがある。テイスティングと言ってもスパイスには呈味はあるが味をつける作用はないから、香りをかぎ比べるのだ。信用できる大小4社のスパイスメーカーのスパイスを各25種類ずつ入手し、同じサイズの透明トレイにすべてをあけ、どのスパイスがどのメーカーのものかをわからない状態にして、1スパイス×4種類ずつ、香りをチェックした。僕がひとりで行うと好みによって採点がぶれる可能性があるため、東京カリ~番長のリーダーと2人で行うことに。ちなみに、リーダーは、僕の身の回りにいるカレーシェフの中で僕が最も味覚のセンスがいいと思っている人間だ。もちろん、僕より優れている。

さて、エクセル表を出力したA4の紙とボールペンを片手に片っ端からスパイスをチェックし、採点していく。すべての評価が終わったところで、互いに合計点と詳細の結果を見せ合ったところ、ふたりの評価が一致した。僕は、品質のグレードが高い順に「A社、B社、C社、D社」。リーダーは、「A社、B社、D社、C社」という結果。2位と3位の間にかなりの開きがあったから、A社とB社は合格、C社とD社は不合格、という結論に至った。ひとまず、ふたりの間では。しかも、ともにA社にはかなりの高得点をつけていた。

さて、ここで困ったことになった。予想と違っていたからである。実は、A社は、それまでの僕のイメージでは、「安かろう悪かろうのスパイス」を取り扱う会社というものだった。逆に何を隠そう、差が開いた形で2位になったのは、AIR SPICEで調達している会社のスパイスだったのだ。そんなはずはない! と思ったのだけれど、ふたりの結果がピタリと一致している以上、受け止めなければならない現実だった。そこで、スパイスの品質、グレードについて色々と考えさせられた。

「香りがいい=品質がいい」とした場合、スパイスの品質は、いったい何で決まるんだろうか。品質に影響する要素はなんだろうか。真っ先に浮かぶのは産地である。ワインだって、フランスとイタリアでは味が違うし、ブルゴーニュとボルドーでは違う。同じようにはスパイスもスリランカ産、インド産、インドネシア産、南米産などですべて違う。グレードの差もある。1級畑で獲れたブドウと特級畑で獲れたブドウは違う。同じメーカーが同じ産地から仕入れたスパイスでも出来不出来によってグレードが分かれる。コーヒーの世界もお茶の世界もすべて同じである。他に考えられるのは、品種だ。赤ワイン用のブドウは、当然、ピノ・ノワールとカベルネ・ソーヴィニヨン、シラー、グルナッシュすべて違う。この辺りは、想像がつきやすい。

意外と気づきにくいのは、殺菌方法や殺菌レベルと保存状態や保存期間だ。何かしら加工されたスパイスはその過程で加圧、加熱などによる殺菌を行っている。日本で流通しているスパイスの菌量は、厚生労働者が定める規定をクリアしている必要がある。が、それをクリアするのは前提として、どの程度まで殺菌処理を施すかはメーカーの判断にゆだねられる。すごく簡単にいえば、殺菌が強ければ強いほど安全性は高まるが、品質は落ちるということになる。実際、4社をチェックしたときにふたりの間で不合格となった会社の1社は大手スパイスメーカーだった。おそらく、大量生産・大量流通だからリスクを最小限にするためにかなり強めに殺菌処理をしているのだと思う。これはスタンスの問題だからいい悪いの問題ではない。

ちなみにオーガニックスパイスというのは、品質の証明とは違う。「安全である=品質が高い」とした場合は、信用できる尺度になるが、「香りがいい=品質が高い」とした場合は、オーガニックだから品質がいいとは言えないと僕は理解している。すなわちオーガニックじゃないけど香りはいいスパイスは存在するし、オーガニックだけど香りがいまいちなスパイスも存在するということになる。スパイスの殺菌処理については非常に複雑で、今後も勉強していきたい。

では、あの“安かろう悪かろう?”はずのスパイスメーカーは、なぜ、1位になったのだろうか。原因は、保存期間にある。安いスパイスは選ばれる確率が高いため、時間を置かずに流通する。いわゆる回転が早い商品となる。だから、スーパーのスパイスラックに並んで何か月も誰にも買われずに置かれているスパイスと比べたら、比較にならないくらい香りはいい状態で使用者に届く。スパイスの香りはコーヒーの香りと同じだから、基本的に加工した後、時間が経てば経つほど劣化する。

AIR SPICEの調達しているスパイスのB社がA社に負けたのは、この回転のスピードによるところが大きそうだ。ただ、AIR SPICEの名誉のために言っておくと、AIR SPICEのスパイスは、インドでブレンドしパックしたのち、空輸で運んでいるから、船便で届くほとんどのスパイスよりも鮮度がいい。すなわち、AIR SPICEで使用しているスパイスで比較すれば、きっとA社よりも品質は高いはずである(そう信じたい・笑)。

スパイスの品質に関して考える時には必ずコーヒーハンターの川島さんから聞いた話が浮かぶ。コーヒーの世界でも産地や品種、グレードについては誰もが語るが、豆の保存状態については言及されない。彼は焙煎した豆を最善の方法でお客さんの元に届けるため、専用のペットボトルに詰めて真空ではなく空気を抜いていく独自の技術を開発したそうだ。あれだけ品質に対する意識が進んでいるコーヒーの世界でさえ、未開の状態だと彼は教えてくれた。

その点でいえば、スパイスの世界は……。25種類×4社のスパイスをブランドでテイスティングして仕入れブランドを決定しているカレー店はどのくらいあるだろうか。カレー店の店主は、スパイスの鮮度に対しては敏感だから、シェフ何人かで集まってスパイスのテイスティングをする取り組みを始めたら、面白そうだ。

僕の好きなスコッチのモルトウィスキーの世界には、Whisky Hoopというソサエティがある。バーを営むモルトの専門家たちが一堂に会し、選び抜かれたモルトをテイスティングして、その年に共同仕入れする樽を決めているそうだ。だから「Whisky Hoop」が仕入れたモルトをバーで見つけると、つい飲みたくなって頼んでしまう。そんな風にスパイスごとに仕入れができるようになったら、2倍3倍の仕入れ値がするグレードの高いスパイスを使える日がやってくるかもしれない。

★毎月届く本格カレーのレシピ付きスパイスセット、AIR SPICEはこちらから。http://www.airspice.jp/

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