60. カレーは熱々にしたほうがおいしく感じるのか? 問題

キンキンに冷えたビールと同じくらい熱々のカレーというのには魅力がある。魅力があるというか、カレーはどこか「熱々が当たり前だ」と考えられているところもあると思う。特にレストランで提供するカレーの場合は、なおさらだ。

その昔、名古屋の超有名老舗店で味噌煮込みうどんを初めて食べた時、麺のコシの強さにビックリして、「これは生煮えの状態で間違えて出してきたんじゃないか」と本気で思い、周囲のテーブルを見回したことがある。カレーがぬるい状態で出てきたら、「これ、まだ調理の途中ですか?」みたいな反応をされる可能性もあるかもしれない。

長年、一緒にカレー活動をしてきたリーダーは、週に一度営業しているランチカレーで、あえて熱々にしないでカレーを出すことにしているそうだ。特にこれといった理由があるわけではない。「そのほうがおいしいと思うから」という本人の美学に近いものからそうしているようだが、たまに「ちょっとぬるいような……?」というリアクションがお客さんからあると言っていた。

逆に「カレーを常に熱々で提供するよう心掛けている」と語ってくれたのは、老舗デリーの田中社長である。熱々のご飯に熱々のカレーがかかった状態で提供すると、テーブルに置いた時、すなわち食べる前にお客さんの鼻に届く最初の香りがいいというのが彼の持論である。その香り(A)と口に運び、食べているときの香り(B)とごくりと喉元を通り過ぎた後に鼻から抜ける香り(C)との違いや、それらをどう楽しむかについては、自著「カレーの奥義」の中で田中さんと楽しく議論させてもらったことがある。

インドで食べるカレーやその他のインド料理は、熱々でない場合が結構ある。むしろ、ぬるいものも多い。「インド人は猫舌だからだよ」と誰かが言っていたのを聞いて、ふーん、そうなんだー、と納得していた時期がある。西葛西で2軒のインド料理店を営むチャンドラニさんからはアーユルヴェーダの教えに基づいたものだと聞いたことがある。熱々のものやキンキンに冷えたものを口にするのは体内への負担が大きい。熱々のままではなく、ある程度さめた状態、それこそぬるいくらいの状態で口に運ぶのがいいそうだ。

「人間の体の皮膚の中で最も強いのが指先なんです。指先で触れる程度の温度であれば胃や内臓にも負担が少ない。だからインド人は手で混ぜてカレーを食べるんですよ」

なるほど。これはかなりの説得力だった。でも、「インド人は猫舌だから」って理由の方がなんだかかわいくて好きだなぁと思ったけれど。

たとえ少々、体に悪くても、僕はカレーは熱々で食べたいなぁ。少なくともひと口目やふた口目は。複数種類のカレーや料理を混ぜて食べるスタイルなら、スプーンで混ぜているうちに温度は下がるし、シンプルなカレー&ライスだって、時間が経てば自ずと温度は下がる。この「時間が解決してくれる」というのが僕はなんにしろ好きで、だから、カレーは熱々で出してほしい。冷まして食べたければ手をつけずにしばらく会話を楽しむとか本を読むとかして、待てばいいわけだから。

熱いものを冷ますことはできるけれど、ぬるいものを温めるのは難しい。そういえば、駅弁でひもを引っ張るとシューとか蒸気が出て、たちまち牛肉弁当が熱々になるみたいなのがあるけれど、あれをカレー弁当でやったら迷惑だろうなぁ。車両じゅうにカレーの香りが充満して……。

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