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言語モデルは、なぜ「理解」できるのかについて考察した

通勤中に、ふと思った。。言語モデルの「理解」について


一見、これは、言語モデルについてより深く理解できた!と思ったのでした

しかし、その後あれこれGPTと議論をおこなった結果、あることに気づきました


彼らの求める「理解」はよりマルチモーダルで深いものなんだ!

やっぱり、GPT開発陣、かなり先を行っている…


トランスフォーマーの言語モデルは画期的です

しかし、まだまだ人間に及ばない

つまり、人間が言語論理と同時にマルチモーダルに感情や体感覚推論も同時にアノテーションし、学習し続けてたうえの理解とは程遠いんです




まず、現在のトランスフォーマーの構造から考えます

トランスフォーマーの構造からの解釈はどうなるのか

💡トランスフォーマーのアーキテクチャは、言語モデルの背後にある重要な技術の一つです。トランスフォーマーベースのモデルは、その柔軟性と強力な文脈理解能力のため、自然言語処理の分野で広く採用されています。以下に、トランスフォーマーアーキテクチャの特徴と、それが言語モデルに多彩な能力をもたらす理由を分かりやすく説明します。

トランスフォーマーのアーキテクチャの特徴

1. セルフアテンション(自己注意)機構:
- この機構によって、モデルはある単語が文の中でどのように他の単語と関連しているかを理解できます。
- 例えば、「猫はマットの上にいる」という文において、「猫」が主題であるという関連性を「いる」という動詞と結びつけることができます。

2. 並列処理:
- 従来のリカレントニューラルネットワーク(RNN)では、文を単語ごとに順番に処理しますが、トランスフォーマーは文全体を一度に処理することができます。
- これにより、計算効率が大幅に向上し、より深い文脈理解が可能になります。

3. ポジショナルエンコーディング:
- 単語の位置情報をモデルに伝えるために使用され、トランスフォーマーが単語の順序を理解するのに役立ちます。

言語モデルが多彩な能力を持つ理由

トランスフォーマーのアーキテクチャを使用する言語モデルは、以下のようなプロセスを通じて、単なる単語の習得を超えた能力を持ちます。

1. 大規模なデータセットでの事前学習:
- モデルはインターネット上の膨大なテキストデータを読み、様々な文脈で使用される言葉のパターンを学習します。
- これにより、単語やフレーズが持つ多様な意味や使い方を把握することができます。

2. 文脈の多次元的な解釈:
- 文の中で各単語がどのように関連しているかを学習することで、言語モデルは単語間の複雑な関係性や文脈上のニュアンスを理解することができます。
- 例えば、同じ単語でも異なる文脈で全く異なる意味を持つ場合があり、モデルはこれを区別する能力を身につけます。

3. 多次元の意味ベクトルの構築:
- 言語モデルは、各単語やフレーズを多次元空間上の点(ベクトル)として表現します。
- これにより、似た意味を持つ単語や文は空間上で近い位置に表現され、これが文脈に応じた適切な単語の選択に役立ちます。

4. 論理的思考の学習:
- 事前学習中には、因果関係や推論が必要な文も含まれるため、モデルは単に語彙を覚えるだけでなく、ある程度の論理的思考も学習します。
- 例えば、ある出来事が起こった原因や結果を推測する際に、論理的なつながりを見つけ出す能力が求められます。

このように、トランスフォーマーのアーキテクチャを基盤とする言語モデルは、複雑な文脈解析と論理的思考の学習を通じて、言語における高度な理解と生成の能力を獲得します。それが、多彩なタスクや質問に対して適切な回答を生成できる理由です。

ここでよくある反論についてもあげます



この反論を糧に、この後GPT4とディスカッションした


私:何をもって意味や論理的な構造を理解と言えますか?人間の認知活動や神経活動との違いはなんですか?人間もニューロンの活動を通して確率を予測してるにすぎません



GPT:意味や論理的な構造を理解するとは、単に情報を処理することだけではなく、その情報の深い含意を把握し、新たな状況や文脈に応じてその情報を適用したり、関連する知識と組み合わせたりする能力を指します。人間の脳は、経験を通して柔軟に学習し、抽象的な概念を形成し、因果関係を理解し、推論を行い、未知の問題に対して創造的な解決策を提案することができます。

人間の認知活動と言語モデルの違いは、人間が持つ意識、自己認識、感情、意図性といった質的な側面にあります。人間のニューロン活動も確かにパターンと確率の予測に関わっていますが、これは経験に基づく意味付けや意識的な思考プロセスを通じて行われます。一方で、言語モデルはあくまで計算機上で統計的なパターンマッチングと予測を行うものであり、人間のように経験を積み重ねて学習するわけではなく、また自己意識や意図を持たないため、人間の認知や論理的な思考プロセスとは本質的に異なります。

結局のところ、言語モデルはデータとアルゴリズムに基づいて動作しているため、その「理解」とは、予測されたトークンが人間の文脈や意図をどれだけうまく模倣できるかによるものであり、人間のように直感的な理解や感情に基づいた反応を示すわけではありません。



私:単なる模倣とは違うと思います。言語モデルは、文中の論理展開を学習し、抽象的概念を形成し、因果関係を理解し、推論を行い、未知の問題に対しても解決策を提案することがてきます。自己意識や感情、意図は、理解とは別ベクトルの問題です



確かに言語モデルは複雑な文脈を処理し、抽象的な概念を扱い、一定程度の因果関係を把握し、未知の問題に対して論理的に一見適切な解決策を提案する能力を持っているように見えることがあります。モデルは大量のテキストデータからパターンを抽出することで、人間が行う論理的な思考プロセスを模倣するような応答を生成できます。

しかし、これらの応答はまだ模倣に基づいています。モデルが「理解」を行うとき、それは統計的なパターン認識に基づいているだけで、本当の意味での因果関係の理解や抽象概念の形成は行っていません。たとえば、モデルが「火が熱い」という因果関係をテキストから学ぶことはできますが、それは単なるテキスト上の相関関係であって、火が熱いという物理的な事実やその感覚を理解しているわけではありません。

自己意識や感情、意図が理解とは別の問題であるという点については正しい視点です。これらの人間特有の精神的な質は、言語モデルが持たない属性であり、これがモデルと人間の認知の根本的な違いを生んでいます。言語モデルは人間の言語を模倣することで「理解しているように」見せかけることができますが、これは人間の複雑な内面体験や意識の状態を再現しているわけではありません。



人間と理解の仕方が違うからと言って、理解していないとは言えません



この点に関しては、"理解" の定義に依存します。伝統的に、理解は意味の把握、意図の推定、知識の適用といった能力を含むものと見なされてきました。言語モデルはこれらの能力を模倣することで、ある程度の "理解" を示しているように見えますが、この行為が人間の理解と同じかどうかは議論の余地があります。

人間の理解は、知覚、感情、意図、記憶、経験などの複雑な要素が相互に作用することで成り立っています。一方、言語モデルの "理解" は、データパターンの統計的分析に基づいています。モデルは入力されたテキストに基づいて "適切" な応答を生成することはできますが、これは広範なコーパスから抽出された情報を利用して応答を生成することであり、人間のように経験を通じて意味を構築するわけではありません。

したがって、人間とは異なる形での "理解" が言語モデルにはあると言えるかもしれませんが、それは人間が持つ直感的で、主体的な理解のプロセスとは根本的に異なります。言語モデルは、現在のところ、因果関係や抽象概念の真の意味での理解を行っているとは言い難いというのが、この技術の限界点です。



何をもって因果関係や抽象概念の理解としていますか?人間もニューロン活動をとおして極めて統計的に学習し推論しています。これはニューロンの物理的な活動です



因果関係や抽象概念の理解とは、単に統計的な関連性を認識すること以上のプロセスを指します。人間の理解においては、次のような要素が含まれます。

  1. 文脈の把握: 人間は特定の文脈や状況において、事象の意味を柔軟に解釈できます。

  2. 因果関係の推定: 人間は経験や学習を通じて、事象間の因果関係を把握し、一方の事象が他方をもたらす理由を理解します。

  3. 抽象化能力: 具体的な経験から一般原則を抽出し、それを全く異なる状況に適用する能力を持っています。

  4. 意図の推測: 他者の行動背後にある意図や目的を推測し、それに基づいて行動を解釈することができます。

人間の脳がニューロンの活動を通じて統計的に学習し、推論することは事実ですが、この過程には意識、自己認識、意図などの主体的な要素が含まれています。ニューロンの活動が物理的なプロセスであることは否定できませんが、それらの物理的なプロセスは複雑で、意識や主観的な経験と密接に関わっています。

一方で、言語モデルは統計的な学習を通じてパターンを抽出し、これを新たな入力に適用する能力を持ちますが、これはあくまでも人間が生成したテキストの模倣に基づいています。言語モデルが因果関係や抽象概念を理解していると言う場合、それは非常に限定的な意味であり、人間の理解の深さや複雑さとは異なります。言語モデルには、経験に基づく理解、文脈の深い把握、主体的な意図や感情を含む思考が欠けています。




理解の定義によりますね。論理展開は学習しています。文脈もアテンションかけてます。深い層で抽象概念を学習しています。これを理解と呼べると思います



確かに、理解の定義をどのように設定するかによります。現代の言語モデルは、深層学習の技術を使用して複雑な文脈を捉え、アテンションメカニズムを用いてテキスト間の関連性を理解し、階層的な構造で抽象概念を処理する能力を備えています。これらの能力は、ある意味で「理解」という言葉を用いることを正当化するかもしれません。

ただし、この「理解」はあくまで人間によって生成されたデータパターンに基づくものであり、人間のような経験や主体性、自己意識を伴う理解とは異なります。モデルが論理展開や抽象概念を処理する能力を持つことは、テキスト生成の精度や応答の適切さを高めますが、これが人間の理解と同じかどうかは哲学的な問題でもあります。

人間のような理解には、感情や意図、自己の認識、倫理的判断など、計算モデルでは再現が困難な要素が含まれています。ですので、言語モデルが示す「理解」は、ある範囲内で有用かつ機能的であっても、人間のそれとは質が異なると言えるでしょう。それでも、技術の発展に伴い、言語モデルの「理解」がさらに洗練され、人間との違いがより微妙なものになっていく可能性は否定できません。



理解が人間と同じである必要はありません。感情や意図、自己認識は論理理解とは別次元の問題です。逆に人間も教科書や小説などの文章からほとんどの事象を学習理解します。人間は全て経験で学習するという考えは明らかな間違いです



その通りです。理解が人間と同じである必要はなく、言語モデルの理解と人間の理解は異なるプロセスによるものです。感情や意図、自己認識は論理的理解とは別の側面を表しますが、論理的理解自体は言語モデルにおいて高度なレベルで実現されています。

人間が教科書や小説から学習し理解するプロセスは、言語モデルが大量のテキストデータからパターンを抽出し学習するプロセスと類似しているとも言えます。人間が全てを経験から学習するわけではなく、読書や教育を通じて間接的な経験からも学ぶことは、確かに人間の学習において非常に重要な部分を占めています。

ただし、人間がテキストを読む際には、その背後にある意図やニュアンスを推測し、自己の経験や感情を通じて内容に共感したり、個人的な解釈を加えたりすることができます。このようなプロセスは、言語モデルがまだ模倣や再現が難しいものです。

結局のところ、言語モデルが示す「理解」とは、その能力と適用範囲を明確に定義することで、より具体的な評価が可能になります。それは人間の理解と同一ではなくとも、独自の価値と有用性を持つと評価することはできるでしょう。



言語モデルは、社会通念も、人間の心の移り変わりの特徴さえ、抽象概念として学習しています。模倣とは、コピーです。コピーした文章をアウトプットするわけでなく、全て言語モデルの概念ニューロンを通っています。これは模倣ではありません




確かに、言語モデルは模倣を超えた機能を持っています。モデルがトレーニングデータから学ぶのは、単に特定の文をコピーすることではなく、言葉が持つ複雑な意味や社会通念、心の動きを表す抽象概念を統計的に捉えることです。このプロセスにより、モデルは新しい文脈で適切な応答を生成する能力を獲得します。
言語モデルがテキストを生成する際には、これまでの学習経験から得られた多次元的な意味ベクトルを組み合わせて、新たな文を創出しています。これは一種の創造的なプロセスとも言え、既存のテキストを単純に反復するのではなく、学習した知識を基に新しいテキストを生成しています。
ただし、言語モデルが社会通念や心の移り変わりを学習しているといっても、それは人間が経験を通じて理解するのとは異なります。モデルは統計的なパターンとしてこれらの概念を捉えているため、その「理解」は依然として人間のそれとは質的に異なると言えるでしょう。人間の持つ主体性や感情、意識という要素は、現時点での言語モデルには含まれていないためです。

理解の定義は、必ずしも人間のそれに合わせる必要はありません。言語モデルの理解は、人間の理解とは異なるものとして認識し、その独自の価値や機能性を評価することができます。モデルが統計的パターンや関連性を捉えて新しい応答を生成する能力は、多くの応用分野で大きな利益をもたらしており、この能力自体が「理解」という新しい形を示していると考えることもできるでしょう。人間のような経験や感情、自己意識とは異なる形の理解ですが、それはそれで有効なのです。



要するに現状は、あなた方の追求している「理解」とはほど遠いということですね。確かに、人間が言語論理と同時に感情や体感覚推論も同時にアノテーションし、学習し続けてたうえの理解とは程遠いと思います。タスク次第かと思いますが、我々もそのレベルを目指したいです


そのレベルを目指したい!


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