実家終い④(I'll be back)
「今すぐ面会に来てくださいって!すぐに来て!」
いつになく焦ったような父の声。当時はコロナ禍で、面会は制限されているはずだった。それが、面会?
訳もわからず上司に伝えると、仕事は気にしなくていいから急いで帰りなさいと言ってくれた。車に乗り込んで、一度自宅に向かう。そして車中から、離れて暮らす姉に電話をかけた。
「もしもし?お父さんから連絡きた?」
「うん…」
姉は泣いていた。
「コロナ禍なのにさ…面会に来いって…そういうことだよね?」
「まだわかんない。わかんないけど、お姉ちゃんはどうするの?」
実家から飛行機の距離で暮らす姉のことだから、もしかして「行けない」とか思ってるんじゃないの。だったら私が来いって言ってやんなきゃ。
「どうしよう」
「子どもたちは?」
「上の子二人は学校だし、下の子は幼稚園。パパは仕事だし…」
「とにかくお姉ちゃんが帰ってきたいなら帰ってきなよ。まず旦那に連絡して飛行機取りな。そして上の2人の学校に電話して事情話して早退させてもらう。その間に下の子迎えに行ってさ。後悔したくないなら帰っておいで!私はこれから数日分の荷物まとめて病院向かうから!」
涙声でオロオロ話す姉に、妙に冷静に指示したのを覚えている。姉が頼りなくて私はしっかり者と言いたいわけではない。多分、この時私は、今起きていることがどこかリアルに感じられなくて、だから冷静だったんだと思う。
それでも、高速を飛ばして実家近くの病院に向かう途中、何度も父から入る「まだか」「早く来てくれ」の電話にだんだんリアルが増して涙が出てくる。料金所に着いた時にはマスクでも隠せないほど顔が大洪水だったから、係の人はきっとギョッとしただろう。(おじさんごめん)
結局子どもたちの中で一番に病院に到着した私は、不安そうな顔をして玄関の外で待ち構えていた父と合流し、面会は10分間ですよ、と看護師さんに言われながら病室に入った。
仰向けにベッドに寝ている母を見て「お母さん…」と掠れた声で言うや否や涙腺決壊して言葉にならない。
なんか色々管に繋がれた母も、「あんたに泣かれると…」と目をウルウルさせている。
「大丈夫…?」となんとか絞り出した私に、
「うん、これこんなに苦しいの、ガンかな?あんた何も聞いてない?」と言う母。
「何にも聞いてないよ」と答えながら、涙を拭う。
ガンも何も、私どうしてお母さんがこんなことになってるかまるでわかってないんだよ。
だってさ、大丈夫だって思ってたし、なに、肺炎でこんなことになるの?だって今話せてるし、コロナでもないし、ご飯も食べられてるんでしょ?
全然死にそうになんて見えない母が「大丈夫だ、復活するから。I'll be backだっつーの」とか言って親指を立てた。(シュワちゃんかよ)(ダダンダンダダン)
私が「みんなにお見舞い来てもらって生気吸い取らなきゃね」と返すと、「そうだね」と少し笑って苦しそうに目をきょろきょろさせた母。
そこでハッと役割果たさねばスイッチが入る。この10分でできることしなきゃ!
スマホを取り出し、ちょっと映させて、とカメラを回した。
「大丈夫だよ〜I'll be back!」とか言ってカメラにも親指を立てる母。「早くお見舞いに来て。若い生気を吸い取りたいと言っております」と私も言って、ギャハハって笑いながら撮った映像を家族LINEに貼り付ける。兄も可能なら早く来て、と付け加えて。(この時の映像が結局、元気に話す母の最後の記録になった)
それから、もしかしたら今日中には会えないかもしれない姉にビデオ通話。
ちょうど姉の子どもたちと一緒で、「おばあちゃんがんばれー」「これから飛行機乗って行くよ!」の孫たちの声に「あらー、うれしい」と、母の顔も綻ぶ。
そんなこんなしてたら10分があっという間に経って、でも、「看護師さん呼びに来たら行けば良いって」と引き止める母の側に、「大丈夫なんやろ」「だって入院した時より酸素濃度あがってるもんねえ」なんて話しながら、本当に看護師さんが呼びにくるまで居座った。
「お父さんとご飯食べなさい」という母に「わかった!また来るからね!」と明るく言って病室を後にし、待合室にいる父と合流する。
地下にある薄暗い食堂で父と2人昼食を取ったけど、涙が止まらなくて味がしない。「お母さん本当に危険なの?」と聞いても明らかに消沈している父は弱々しい声で「そうなんだ…」と言うだけ。どうやら母の状態はかなり悪いらしい。肺の炎症がおさまらず、薬が効いて回復する見込みは2割くらいとのこと。
泣きながら黙々と食べ物を押し込んで、きっと面会したいだろう伯父(母の兄)や親戚なんかに連絡しつつ、母の希望もLINEで確認。(カッコつけの母はきっと、弱ってる姿を見られたくない人もいるだろうなって思ったから)そして受付の人に面会交渉。(この時、この後何人面会希望で、何時ごろになるのか、それぞれどんな関係か、まで申告しなくちゃいけなかった)
伯父夫婦と従姉妹がまず到着して、その後兄が来て、姉が面会に間に合った頃には、気づけば夕食どきになってて、ひとまずはみんなで夜ご飯を食べてから解散することとなった。
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