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夕暮れ時の差添い【旅する日本語】【差添い】

新婚旅行はイタリアだった。

ツアーで20人程度の、年齢も属性も雑多な集団。ごく一般的なツアーで基本的には全員で移動して、観光名所などを辿り、少ないながら自由時間があったりする。
もはや記憶は曖昧ながら、確かそれはイタリアの首都ローマ。その時は、昼過ぎまで集団行動。昼下がりから自由時間で、しばし相方と二人で観光や買い物を楽しんで、前もってガイドさんに聞いておいた「地元の美味しい店」での夕食を楽しんだ。料理は勿論イタリアン(当たり前)で、とても美味しく、お酒も入って楽しい時間を過ごすことが出来て、絵に描いたように旅行の楽しさを満喫したのだった。

問題はその後。

外に出たら時には陽もほぼ落ちこみ、辺りは薄暗さが広がっていた。その日は、ホテルに各自で集合して終わりの流れ。地図を見る限りホテルまでは、何かに乗る程の距離はなさそうな場所にいる。徒歩で十五分程度の距離ではないか、と目算を付ける。旅行先で、お酒も入ってハイな状態。夜の街を観光がてら、と二人でホテルまで歩いて行くことにした。
最初は意気揚々。まだ陽も残っていたし、体力もある。でも、徐々に広がる暗がりや、見たこともない街並みは、すぐに不安を連れてきた。

そんな時。急に後ろから声を掛けられた。

少なくとも日本語ではない言語。私たちに話しかけているのはわかるが、日本人ではない男性で、背も高い。彼は右手に地図を差し出して、何かを訴えていた。何人かはわからないが、同じような観光客なのだろう。地図を出して居るからには道がわからないのだろう。恐らく、そういう事なのだろう、と勝手に想像を巡らせる。
足を止め、二人して地図に見入る過程で、彼は歩道は邪魔だと思ってか、道の横に少しだけあったスペースに入り込むように横にズレる。つられて私たちもそちらに少しズレこむような格好。多少道から逸れて陰に入り込むような形になった。もちろん私たちが地図を見たところで、現地人である訳もなく、どこまで役に立てるか正直わからない。しかし、困っているふうの人に声を掛けられて、何もせずに無下に断れる程の勇気はなかった。判断力自体が鈍っていたのかもしれない。言われるがままに、差し出された地図を覗き込む。

瞬間。また、後ろから掛かる声。

何を言われたかは分からない。しかし、こちらもまた背格好の大きい男性。右も左もわからない海外で、道から少し逸れた場所で、外国人の男性二人に囲まれて、半ばパニック状態。一人だったら完全にパニック陥っていただろう。
彼は強い語気で何かを語りかける。弱気になっているせいもあるだろう、私には怒鳴っているようにすら聞こえた。近寄りながら彼が差し出した右手が、何かを提示したのはわかった。ゴニョゴニョと言葉を続けるが彼の言いたいことは分からないし、何を出されたのかもわからない。かろうじて「ここから去るように」と、手を差し向ける様なジェスチャーを確認するのが精一杯。私たちは逃げる様にその場を立ち去った。いや逃げた。
二人で、まずは一目散にホテルまで駆け抜ける。やっとの思いでホテルについて、ひと休憩して、その後、何事が起こったのかを確認していったのだった。

そして。事前に聞いていた話を一つ、思い出したのでした。

どうも観光客を装って、観光客からスリを働く不逞な輩が居るんだそうです。そういう輩は、地図などを見せ、人目に付きづらい隅に引き寄せ、悪事を働くらしい。思い当たる節が多すぎるとはまさにこのこと。
そして、想像するにあの時後ろから声を掛けて来たもう一人の男は、警察官だったんじゃないだろうか。イタリアの作法はわからないけれど、提示していた何かは所謂、警察手帳的なモノはだったのかも。
だとすると、すんでのところで難を逃れる事が出来た可能性が高そうだ。知らなかったから仕方がないけれど、警察の人に冷たい態度を取ってしまい、申し訳なさも込み上げた。その後、荷物も確認してみたけれど、何一つ盗られたりはしておらず、二人で安堵の息を吐いたそんなイタリアの夜。

ところで。もう一つ事前に聞いていた話がありまして。

「観光客を装って観光客を狙うスリがいる。そして、一緒に警察役のスリ仲間が居る場合もある」そうです。よく出来た振り込め詐欺の様な物なのでしょうね。思い当たる節が(以下略
二人目のあの男は、本当に私たちに立ち去りを促すジェスチャーをしていたのか、今となってはもうわかりません。そんな旅の差添い(? のお話でした。

「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)