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ミトコンドリアの離れ業 -エピソード2-

ミトコンドリアについての連載記事2つ目となりますが、こちらからでも問題なくお読みいただける内容になっています。

始めから読んでみたい方は、以下のリンクよりご覧ください。

前回の記事ではミトコンドリアが筋線維の三大構成要素の一つであることをご紹介し、その役どころについて話を展開してみた。

今回はよりミトコンドリアに的を絞り、その素晴らしき離れ業について解説していこう。



1. 悠々自適なお隣さん

リードストーリーとしてまずはミトコンドリアの昔話から始めたい。

ミトコンドリアは大昔、細菌の一種であった。それがいつしか我々の先祖となる単細胞生物に飲み込まれ、双方に有益なライフスタイルが完成した。

いわゆる細胞内共生説というものだ。お隣さんであった細菌が、体の一部(=ミトコンドリア)になったイベントがどうやら歴史のあるタイミングで起こったらしい。

この共生が実現しなければあらゆる生物がこの世には現れなかっただろうと言われ、ミトコンドリアが進化を決定づけたとする説があるほどだ。

詳細は割愛するが、現在の形に落ち着いたのはミトコンドリアが酸素と糖質さえあればエネルギー(ATP)を大量に生成し、ご機嫌に自給自足できることにもあるようだ。

そしてホスト(宿主)となる細胞はミトコンドリアの表面にATP回収装置を打ち込み、見事WInWinの関係を築くこととなった。

と、こんな数行で終わるほど生物35億年の歴史は浅くないが、私には手に余る内容である。詳しく、そして魅力的にミトコンドリアのストーリーを語ってくれる書籍を以下に紹介しておこう。



2. ミトコンドリアの離れ業

ミトコンドリアはエネルギー(ATP)生成手段の優位性によりお隣さんから体の一部にまで変化を遂げた。

そのミトコンドリアが糖質や脂質をATPに変えることを現代の私たちは知識として知っているため、ミトコンドリアが行っているATP生成方法自体にあまり目がいくことはない。

しかし、これが凄いのである。何が凄いのか、今回の記事はそれを伝えることがメインテーマである。

まずは簡易的なミトコンドリアの模式図を見てもらいたい。

赤と青の点は水素イオンを出入りさせるポンプ

ミトコンドリアには2つの膜があり、外を囲っている外膜と内側のひらひらしている内膜がある。今回は特に内膜に注目だ

この内膜、非常に優れたシートになっていて、水素イオン(プロトン)すら自由に行き来できないようになっている。

この内膜のおかげで内部環境が保たれている訳だが、優れているが故に物質の出入りはそのままだと不可能である。そのため内膜上には特定の物質に限って出入りできるポンプ(タンパク質でできている)が用意されており、その中に水素イオン専用のポンプもある。図では小さな赤点と青点で示している。

この水素イオン専用ポンプがATP生成の鍵を握っており、もう少し細かい構造を図示してみたので確認してもらいたい。(下図)

赤点と青点を拡大。水素イオンの出入りに注目

赤丸と青丸がミトコンドリア内膜に埋め込まれていることに注目してほしい。赤丸から水素イオンが外に放出され、青丸から水素イオンが流入している。

これらのタンパク質でできたポンプは、糖質代謝や脂質代謝の過程で抜き取られた水素イオンの濃度をコントロールするための役割を担っており、ATPを生成するために必須のものだ。

なぜ水素イオン(プロトン)濃度をコントロールする必要があるのだろうか?

それは内膜の内側と外側に強力な電圧差を生み出すためなのだが、字だけでは臨場感をお伝えしきれないため、やや無理を了解いただきミトコンドリアを屋内プールと見立て、そのイメージをお伝えしていこうと思う。

まずは皆さんが行ったことのある屋内プールをイメージしてもらいたい。

プールにはたくさんのバスケットボールと、いくつかの浮き輪がぷかぷか浮かんでいるイメージを付け加えてもらおう。水面には特殊なコーティングが施され、水素イオンすら通れない。

バスケットボールが水素イオンを外に放出するポンプ、浮き輪は水素イオンを内に流し込むポンプ、そしてコーティングがミトコンドリア内膜の代わりである。

これで模擬ミトコンドリアの完成だ。

このプールの中に、角砂糖を溶かしてみる。そうするとバスケットボールから徐々に水素イオンが水の外へと放出され、屋内施設には水素イオンの湯気がもくもくと充満し始める。

水素イオンはプラス極性の塊だから、屋内は水中よりも遥かにプラスの電荷で充満している状況だ。電圧差のスケールはプールに置き換えると雷に匹敵する。(実際ミトコンドリアは数ナノメートルしかない内膜を境にして、150ミリボルトほどもの電圧差がある)

ミトコンドリアはこのような厳戒態勢で待機しており、ここから仕事が始まる。屋内に充満している水素イオンを浮き輪から水中へと流し込むのだ。雷並みの電圧差である。その勢いは想像を絶するものであることは間違いない。皆さんがもっとも勢いの感じる擬音語を、流入のイメージに付け足してほしい。

そして次がクライマックスになる。

水素イオンが浮き輪を通過する刹那、その凄まじいエネルギーがATPというバッテリーに保存される。何ということだ!!

イメージはここまで。

ミトコンドリアの離れ業が過ぎるためおかしな例えになっているが、少しでも臨場感がお伝えできていれば幸いだ。多少ディティールが甘いところは目をつぶってもらいたい。

ミトコンドリア内膜にはこのような動作原理で稼働する蓄電装置が至る所に備えられており、これによりエネルギーをATPという形で保存し筋線維に供給するという離れ業を行っている。

イメージとミトコンドリアの関係をもう一度整理すると、イメージに登場した赤丸は呼吸鎖複合体と呼ばれ、青丸はATP合成酵素と呼ばれるタンパク質団である。また糖質や脂質は、これら水素イオンに関わるタンパク質ポンプに水素イオンを供給するのが主な役割だ。

さらに理解を深めたい方は様々な教科書や記事にそのディティールが紹介されているので、「呼吸鎖複合体」などで検索し調べてみてほしい。

上記のような原理が発見された1970年代後半の当時、この発見はニュートンやアインシュタインと並ぶ快挙であると言われていたようだ。

天才の頭脳をもってして初めてミトコンドリアの離れ業は解明されたのである。


ちなみに電子について言及していないが、電子は内膜上を移動して最終的に水へと変換されるのがメインルートだ。しかし、ポンプ(呼吸鎖複合体)が上手く機能しないと活性酸素となってまわりの組織にダメージを与える始める。

私は上記のような過程で有酸素代謝が行われていることを学ぶ以前、糖質や脂質が色んな物質に変化する中でATPがフワッと出来るイメージがあった。しかしイメージとは全く異なり、実際はミトコンドリアの離れ業により成し遂げられている。

ミクロな世界で繰り広げられている現実は、想像を遥かに超えている。



3. 良質なミトコンドリアへ

ミトコンドリアがATPを生み出す偉業をイメージしていただけたかと思う。

ミトコンドリア内膜、水素イオンを出し入れするポンプ、これらが私たちの有酸素能力を左右するミクロな構造である。

望むべくは、ミクロな構造を豊富に有した優秀なミトコンドリアを育みたいところだ。出来るだけ多くの内膜、ポンプを備えたミトコンドリアを配備し、高い有酸素能力を手に入れたい。

そのようなミトコンドリア集団を形成するためには、大別すれば以下2つの適応戦略が考えられる。

  • ミトコンドリアの数を増やす、大きくする

  • 内膜を充実させる:内膜を幾重にも折りたたみ広い表面積を確保する、呼吸鎖複合体の数を増やす

実際に研究で示されている結果は非常に興味深い。

まずは「数、大きさ」の適応について、下の図を見てみよう。VO2maxが30ml/kg/min(やや低い)の人と70ml/kg/min(かなり高い、アスリート)の筋線維内のミトコンドリアを示している。

参考2

ミトコンドリアの大きさ、数ともに大きな違いがあることが見て取れる。このようにミトコンドリアの割合を増やして必要なATPをまかなっていく適応が一つ目だ。

続いて「内膜を充実させる」ことも見ていこう。今度はミトコンドリア内膜のヒダ状の構造に注目してもらいたい。アスリートの筋線維のミトコンドリアは、かなり複雑になっていることが分かる。

参考3

このような違いはもちろん先天的なものもあるだろうが、やはりトレーニングによる影響が大きい。

トレーニングによる適応を簡潔にお伝えすると、

  • ミトコンドリアの数、大きさ:トレーニング時間(量)

  • ミトコンドリア内膜:トレーニング強度

が重要になってくる。

今回は鍛錬度の違いによってミトコンドリアの適応が随分異なることを下図でお伝えするにとどめ、次回詳しく説明していくことにする。

参考6

また、最近の研究ではミトコンドリアネットワークの複雑化についてのイメージ解析が進んでいる。

非常に複雑なミトコンドリアネットワーク網が形成されている。参考5

これらの研究からは従来の「ミトコンドリア1個」といった概念ではなく、ミトコンドリアは複雑なネットワークで構成されていることが浮かび上がってくる。

きっとアスリートになるほどにミトコンドリアネットワークも複雑化していくのだろうというイメージは、長年の鍛錬によって培われるアスリートのパフォーマンスを思うと全く不思議なことではない。

今後の研究の発展が楽しみだ。



おわりに

今回はミトコンドリアがエネルギー(ATP)をどのように生成するのかをお伝えし、より多くのATPを生み出す良質なミトコンドリアについて話を展開してみた。

いかがだっただろうか?

BB弾のようなイメージであったミトコンドリアから、更にイメージを膨らませて頂けていれば大変嬉しい。

次回はこのシリーズの最終回として、ミトコンドリアのトレーニングへの適応について深堀りしていこうと思っているので、また読みに来ていただければ幸いである。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。


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参考文献

この記事は以下の文献を参考にして作成しました。

  1. ミトコンドリアが進化を決めた. ニック・レーン. みすず書房. 2007

  2. Larsen, S. (2012). Biomarkers of mitochondrial content in skeletal muscle of healthy young human subjects. Journal of Physiology, 590(14), 3349–3360.

  3. Nielsen, J. (2017). Plasticity in mitochondrial cristae density allows metabolic capacity modulation in human skeletal muscle. Journal of Physiology, 595(9), 2839–2847.

  4. Jacobs, A. (2013). Mitochondria express enhanced quality as well as quantity in association with aerobic fitness across recreationally active individuals up to elite athletes. Journal of Applied Physiology, 114(3), 344–350.

  5. Glancy, B. (2021). Energy metabolism design of the striated muscle cell. In Physiological reviews, 101(4), 1561–1607.

  6. Bishop, J.(2014). Can we optimise the exercise training prescription to maximise improvements in mitochondria function and content?  Biochimica et Biophysica Acta, 4, 1266–1275.

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