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無意識な交わり 2

 この時分の青年にとっての最大の個人的問題は、どのようにして孤独から抜け出すかということであった。今年の3月頃から流行し始めた新型ウィルスにより、大学の授業は全てリモートになり、ただでさえ少ない大学の友人と会う機会すら失われたし、昨年の夏から始めてようやく慣れてきたドラッグストアでのアルバイトも、未知のウィルスに怯えた大勢の人々が一斉にマスクを買い出したために、マスク需要が急騰し、それに供給が追いつかないため、店ではマスクの売り切れ状態が続き、お客からは3分に1回程度のペースで「マスクはねぇか、マスクはねぇか」と聞かれ、時には小汚い格好をしたジジイに、「お前たち、バックヤードに隠してるんだろ」とあらぬ疑いをかけられ、時にはババアに舌打ちされ、そのうえ、ネット上で拡散されたデマ情報によって、トイレットペーパーの買い占め騒動まで起こり、マスクに加えてトイレットペーパーの品切れ状態が発生し始めると、今度は30代くらいのスカジャンを着たヤンチャそうなおっさんにトイレットペーパーの在庫はないかと聞かれたので、ありませんと答えたら、「マジでいい加減にしてくれよ。このままだとキレちゃうよ」と怒鳴られ、こんなヤンチャそうなおっさんから面と向かってキレちゃう宣言されても困まるし、不良グループにいる頭のネジが外れていて、仲間内では「アイツはキレたら手に負えねぇ」と言われてるクレイジー野郎が首をポキポキ鳴らしながら吐くようなセリフをいい歳したおっさんが店内で堂々と叫ぶの痛すぎるやろ、なんて思ったのだが、後になって冷静に考えてみたら、「キレちゃうよ」というのは恐らく、「堪忍袋の緒が切れる」の「キレる」ではなくて、「トイレットペーパーの残りが無くなる」という意味での「キレる」であったのではないかと気づき、「なんだ、さっきのおっさんは常識人だったんだ」と思ったりもしたのだが、そうはいっても、いくらトイレットペーパーがなかなか手に入らなくてイライラしているとはいえ、他のお客もいる前で、自宅のトイレットペーパーが残り少なくなっており、このままでは糞を垂れ流したあとに肛門を自らの手で拭かざるを得ない状況になっているので大変怒っています!といった個人的肛門事情を大声でカミングアウトするのは、やっぱり常軌を逸しているし、そんなこんなでドラッグストアで働くのが嫌になり、丁度新しく異動してきた店長も器がちっちゃくて、陰口ばっかり言って、めんどくさい仕事は全部人に押し付ける、東京03の角田さんがコントで演じるような人間に更に糞を塗りたぐって3日間陰干したような、陰湿でどうしようもない奴だったから、良い機会だと思い、辞めてしまったのである。
 アルバイトを辞めたのは良かったものの、当時の青年にとってドラッグストアでのアルバイトこそが唯一、人と接することができる場であったので、それを辞めてしまったことにより、青年の周りからはついに人がいなくなり、孤独な日々を過ごす羽目になった。大学進学を機に引っ越してきた東京には友達などおらず、頼みの綱だった大学の友人も、大学で会うときは馬鹿話なんかをして盛り上がったりはするけれども、だからといって大学の外でわざわざ予定を合わせて会うほど親密な関係ではないので、大学がリモートに完全移行してしまったことにより会うこともなくなった。それでも余りの寂しさに耐えかねて、何度か大学の友人に連絡してみようと試みたものの、特にこれといった用件がある訳でもなかったので、結局のところ何を書いて良いのかも分からなくなり、文章を書いては消してを繰り返しているうちに、寂しさよりも面倒くささが勝るようになったので、携帯を放り投げ、ベットに寝っ転がり、なんとなしに天井のシミの数を数ることにした。(続く)

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