見出し画像

断片を積み重ねる

去年の一月noteを始めてからずっと
トグル入力でスマホの画面からセコセコ打ち込んで書いていたのだけど
最近はノートパソコンで書くことが増えた

小さいスマホの画面からカチカチと
(いやボタンはもうないんだけど)
打ち込むのは正直めんどくさい
ミスタッチも多いし
操作が思考に追いつかないから
まどろっこしいし
どちらかというと右脳のダダ洩れの方が
オシッコオシッコとお股を押さえて扉の前で順番待ちしている感じだ

で、伝わってるのかなあ?笑

けれどもパソコンのキーボードからローマ字入力してみると
思考が指に追いつかないという逆転現象が起きて苦笑
入力はスピーディにできるんだけど
頭のCPUはインテル入ってないんでそんなに早くは回らないよって

キーボード上で早うと後ろにビッタリ煽られて
スマホでセッセコトグル入力してる時みたいな優越感がないもんだから
右脳はイラつきはじめる

速くう、指さん、速く打ち込んでよお
もう、遅いんだからあ💓
私一人でイッちゃうよ💓
って右脳がふざけ始める余裕がトグル入力ならある笑

けれどキーボード入力だと主従が逆転する感じ

ふたり同時ってのはナカナカのハードルの高さだと思うけどな
早くても遅くてもだめ
(まあ女の体は刹那じゃないから。いや何の話?笑)
思考と操作が一緒に進行して息をするように書けるときすごくキモチイイ

そう考えると鉛筆やボールペン
筆記用具がストレスフリーな媒体なのかもしれない
出力後に再インプットが二度手間だけど

書くという行為が何を媒介するかによっても
こんな風に違ってくるのかと思うと
それはそれで同じ自分が書いているのに面白いけど

何を使って書いたとしても
東西と南北
上下と左右
振り子が行きかうようにバランスをとって
ちょっと真面目に過ぎだなと思ったら
次の自分はふざけ散らかして
なるべくバラバラに、時系列も因果も無視して
めちゃくちゃに飛び石を渡っているように見えて実は
最後に引いてカメラがパーンしたときに
一つの絵になっているように
そんな風に書いてみたいと願って
今は断片をひたすら書き綴っている

それは畏れ多くも赤毛が専攻したフランス文学の巨匠バルザックが構想したコメディユメーヌ人間喜劇のパクリなのです

うわ
言っちゃった
ハズ笑

まあ目標は壮大でいいと思う
日々の営みはササヤカがいいと思うし

このジャケ写を貼り付けたかったのだ笑
桜が咲いたら聞かねばならぬと思う
アルバムから東京をドウゾ





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?