制作を始めた頃、タイムリーに長田神社で夜能「土蜘蛛」を舞われるとお聞きし、これは天からの御言葉じゃーとその場で予約。

このテーマに取り掛かった理由はいくつかあるが、当時あまりにも陶酔している相手がおって、まぁそれが現在の旦那さんなんだけど、兎に角頭の中を蝶々がひらひら、ひらひらと飛ぶ日々であった。

以前から好きだったお能のことを描きたく、観世流のシテ方能楽師、田茂井廣道様に取材の際、ご厚意で頂いた資料を読み出し（本当にお優しい方でした）中でも興味深い展開の物語である「土蜘蛛（葛城山とも）」を手掛けたくて一気に描きあげた。

簡単なあらまし＿＿＿＿

源頼光は病で床にて苦しんでいた、夢と現実の境目で魘され続け、原因も不明なため、家臣もやりようがない。
そこに侍女の胡蝶が典薬頭から頂戴した薬を館に持ち帰る。「これをお飲みください」と。

夜、修験の者が頼光の寝枕にやってくる。
たちどころに現われたその僧形は
「不治の病は蜘蛛の仕業」
と蜘蛛の糸を投げつけ、頼光を絞め殺そうとする。

「すわ、人間ではないな！」頼光が刀で斬りつけ、妖しげな僧は忽ち消える。
騒ぎを聞き駆け付けた頼光の家来たちがその場に残された血の跡をたどっていく先で、化生の鬼が姿を見せてこう言う。
「我は葛城山に年を経し土蜘蛛の精魂なり」

蜘蛛の糸を絡ませようと大量に投げつけてくる土蜘蛛の精に家来たちが襲いかかり、どちらが正義なのか暴れまくり、大老蜘蛛の首取ったりで目出度し。（ここが所謂”見せ場”で、舞台いっぱいに糸の仕掛けを手の内から広げる様は圧巻だ）

これが全体的な筋書き。
謎の侍女・胡蝶さんはただ薬を運んでくるだけで、最初から最後まで出番が少ししかないにも関わらず、だからこそ登場人物として非常に存在感がある。彼女は誰？何だったの？と心にモヤモヤを残したままの観客を置いてけぼりにして、艶のあるシーンから一転、男同士の血腥い劇がスタートするのだ。

研究者の間でも、この不思議な点において長年論じられてきたのだけど、私は胡蝶さんが土蜘蛛の放った刺客で、色香のある仕草で頼朝の生命を奪おうとした説に頷く…..つまり「精も根も尽き果てるまで」何をしたかは、書き切ることもないだろうと思う。野暮だし。

耽美な姿で幽陰で、ほんに仄かに揺らめく完璧な素顔から、いきなり肉の綻び、その思惑を羽化させ、「大丈夫？」としなだれかかり、問いかけられたら、弱ってる男性は一溜りもない。
柔肌の艶めかしさは、「今からアンタ殺すよ」という雰囲気も包み隠す。

蝋燭の火に照らされて、ぱっくり裂けたそこからは、チロチロと蛇が首を出して食わんばかりに牙を剥く＿

おそろしい！そして面白いのだ。
ミステリアスで素性不明だからこその魅惑。
女として、いけないことだけれど、何処か憧れを抱いてしまう。倉橋ヨエコの【いただきます】でもそう書かれているように。
「あなたを食べてもいいですか
愛しているから良いでしょう
他の誰かに取られるんなら
私の血となり肉となれ」

そして、とどめを射ずに立ち去った彼女は、「頼光ってやっぱり良い男だったわ」と舌なめずりしながら、事の顛末を見届け、颯爽と次の獲物を探しに夜の霧に消えたのやも。
時代も関係なく噂されて、今も世に紛れているとしたら？
電車に乗っているOL、道端で携帯を弄っている女子高生、お洒落で奇抜に髪を染めたギャル、凛と上を向いて巻いた髪を崩さないキャバ嬢。

皆、胡蝶でないという証拠は、ない。
女の闇は誰にも解らない。
毒牙の手腕は、したたか見事に尽きる。
誰にも捕まらない蝶は、今宵も飛んでいる。

この絵は乙画廊特別企画 【 異端の懐 】 出展作。2021年5月に開催され、有難いことに他の作品も含め直ぐ完売⁡となった。

芽生えだした恋と共に私の絵に色彩が戻り始める「薔薇の時期」の1枚である。
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2021.04
白墨(貝殻粉末・粉骨・岩絵具｢雲母｣｢緑青｣・膠)、アクリル、ジェルメディウム、鱗粉、粘菌胞子

F4号 332×242mm
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⁡題
[能楽謡曲『土蜘蛛』より-見舞ひ胡蝶-]⁡
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