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どら焼きへの追憶

お隣さんからどら焼きを頂いた

どら焼きは好きです

どら焼きの中に少年時代から現在までいろいろな思いが詰まっています

どら焼きとのめぐり逢いは新聞配達をしていた中学1年生の頃です

父の商いの倒産からどん底に落ちたときから、家計を助けるべく新聞配達と牛乳配達して登校していました

倒産後の人の心は変わりやすく物置小屋での生活、昨日までペコペコしていた人たちが負債の請求に物置小屋の前で怒鳴っていたのを今でも忘れません

私などはボンからガキと呼ばわれました

子ども心に人のココロの豹変と裏表を知らされました

その頃から、心は重くなり笑顔を忘れ友達との付き合いも避けて、いつも川原の土手に寝転んで空の雲を眺めて過ごしました

雲や風だけが友達のような気がして…

米櫃の中にはコメがなく、母はなれないニコヨンで働くようになりました

そんな折、新聞配達の最後が建築現場の事務所でした

冬の寒い朝事務所に配達して帰ろうとすると、事務所のおじさんに呼び止められました

「いつも、ご苦労さん。寒いからあたたかいもの飲んで帰りなさい」

といってあたたかなミルクを渡してくれました。それから「これを食べて帰りなさい」といって出してくれたのがどら焼きです

どら焼きは見たことも食べたこともありません

ひとかけらつまんで口に入れるとあんこの甘さが口の中に広がりました

二口目は口に入れず、ポケットにしまいました

「君、どうしたんだ、みんなたべないの」
「…」
「そうか、何かわけでもあるんだな」
「…」
「兄弟いるの」
「弟が三人います」
「そうか、そうか、ポケットにしまったのは食べてしまいなさい」
といって、弟三人分のどら焼きを紙に包んでくれました

それから毎日おじさんは私を待ってくれていて、あたたかなミルクを用意してくれていました

1週間くらい経って事務所に行くといつものおじさんではなく、年配のおばさんが私を待ってくれていました

「おじさん、ここをやめてどこかにいったよ」
といってから
「おじさんから、あんたに渡してくれと手紙と本を預かっているよ」、と…

手紙を読みました。涙が出てきてとまりませんでした

  …寒い朝、いつも配達ありがとう。君の元気な姿を見ていると私も
   頑張らないと、と励まされます。ところで、私はここをやめるこ
   とにしました。去るにあたって君にお願いがあります。今の君は
   自分の不幸をお父さんやお母さん、世の中の人や世の中のせいだ
   と思っていることです。それは、間違っています。誰も不幸にな
   ろう思って人生を送っているのではありません。みんな、よくな
   ろう幸せになろうとして努力しているのです。うまくいくかいか
   ないかは時の運でしょう。でも、一生懸命努力すればきっとよく
   なり、みんなに笑顔が戻ってきます。
   君にお願いというのは今の環境を人のせいにすることでなく、自
   分に課せられた試練だと思って、その試練と闘って笑顔を取り戻し、   
   たくさんの人たちと交流して輪を広げ、明るく歩んでください
    ここに、ヘルマン・ヘッセのデミアンという本をプレゼントしま
   す。読まれると、自分の人生はどうあるべきかを導いてくれること
   でしょう

   私は、今まで君に立派なことを話してきましたが、話ができる人間で                 
   はありません。君の暑さ寒さに負けずに懸命に新聞配達をしている姿
   を見て、自分が恥ずかしくなりました。私は、ある会社で事件を起こ
   して逃げていました。本当に一番いけないことです。ここを去って警  
   察に行き法の裁きを受けます。私のような大人に成長しないで世のた
   め人のために尽くしてください。最後に、お父さんやお母さんはあな
   たに感謝しながらあなたのことをとても心配しています。お父さんや
   お母さん、兄弟思いの君にはきっといいことがあります。お元気で…

デミアンから郷愁などヘッセの本を貪り読みました

ヘルマン・ヘッセンのデミアンは、少年の私たちは卵の殻の中にいる。これは人生の壁だ。この殻を破るか破れないかはあなたの力による。少年よ卵の殻を突き破って新しい人生をつかめ。殻を破れば、また次の殻に出会う。殻を前にしてひるむな、その殻を突き破れば、また殻に出会う。その殻を突き破って歩けという果てしなき人生の挑戦です…

 私は、高校・大学を卒業して社会人になる知り合いの青年らにデミアンをプレゼントしてきました。さらに、おじさんにいただいたどら焼きが最高のものとして今でも食べています。カステラやケーキなどではありません。どら焼きです。友人らが訪ねてくる時にお土産に持参してくるのはどら焼きです。逆の場合私がお土産に持参するのもどら焼きです(どら焼き好きはドラえもんの先輩です)

寒い朝、あたたかいストーブの前で、どら焼きを食べながらのあたたかな甘いミルクの味は今でも忘れません。その後、おじさんがどうなったかは知りませんが、デミアンは私の座右の本です

不思議なもので美輪明宏さんのヨイマケの歌を聞くと、ニコヨン(日雇い)で働く母の姿を思い出します(姉さんかぶりして道路工事をやっていた母の姿を見て、母ちゃん僕大きくなったら楽してあげるけんね、と泣いたことは今でも忘れません)。

おじさんからいただいた弟たちのどら焼きをお裾分けしておいしそうに食べていた父と母の笑顔、そして弟たち。

人との出会い、一冊の本が人生をかえることがあります。おじさんに出会えなかったら、デミアンを読むことがなかったら、また違った人生を送っていたかもしれません

年を重ねても、あたたかなミルクとどら焼きは欠かせません。おかしいでしょうがこれも私の人生の一端にあります

どら焼き礼賛です



 

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