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moment

言葉にすることは「救い」でもある。

心に響く言葉に出会った時、自分の感情を言葉にしている時、いつもそう思う。その反面、言葉は凶器にもなりうる。

昨年の2月から、『「美しい」の研究報告』という文章を書き始めた。日常の中で「美しい」と感じた場所・時間・食べ物・本を毎月記録してゆく、研究報告という名の日記のような文章。この文章を始めようと思ったのは、自分の感情をちゃんと言葉に残せるようになりたいと思ったのがきっかけだった。(去年の自分の想いを綴った文章が懐かしい…)

私は昔から言葉にすることがとても苦手で、言葉よりも態度や行動で感情を示すような子供だった。よく笑い、よく泣き、よく怒る。しかしどの感情にも言葉がなかった。言葉にできなかった。「言葉にする」が苦手なせいで辛い思いをすることも多かった。相手にうまく伝えられず思ってもいない衝突が起きたり、勝手な決めつけをされて深く傷ついたり。辛い思いをするたびに「違う、そうじゃない!」という叫びだけが頭の中をぐるぐると巡る。だからこそ、言葉にすることに人一倍敏感であり、言葉にすることへの憧れが異様に強い。

そんな過去があるから、『「美しい」の研究報告』を続けられていることは私にとって救いであり、喜びでもあった。沢山の人に読んで欲しいと思っているわけではなかったけど、大切な友人がこっそり読んでくれて感想を伝えてくれたり。「私も同じこと考えてた」と考えを教えてくれたり。自分のために書いた文章がいつの間にか、小さな会話へ広がっていくことがたまらなく嬉しかった。

言葉にするって怖いけれども、救いにもなる。
苦手な継続の一年を経てそんな気づきを得た今、今年は言葉で表現することをさらに積極的にしていきたいと思っている。その一環として「moment」というテーマで今年は毎週文章を書いてみようと思う。「日常の中で誰かに伝えるほどでもないけれど、忘れたくない。取るに足らない大切な記憶。」そんな文章を苦手ながらも沢山言葉にしていこうと思う。

「言葉にする」って難しい、だからこそ憧れる。その感情は好きな人に片思いしている状態に限りなく近い。そうだ、私は言葉にずっと片思いしているのだ。

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