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完璧なハッピーエンド

人物表

メリー・ルゥ(118・126)ヴァンパイア
月島一秋(29・37)小説家
編集者

本文

○車内(夜)
交通量の少ない暗い夜道の路肩に車が停まっている。車内の助手席には黒い長髪で青白い肌、血まみれの服を着たメリー・ルゥ(118)が座っている。隣には色白で細い体付きの月島一秋(29)が座っている。メリーは月島の首元に鋭い爪を突き立てている。
メリー「お前に三つの選択肢を与えよう。私の血を飲んでお前もヴァンパイアになるか、私の眷属として一生付き従うか、今ここで私に殺されるかだ」
月島「ど、どうして僕がそんなのを選ばなくちゃいけないんですか……?」
メリー「いいか? 人間は知らないだろうが、ヴァンパイアは衆目を忍ぶことで人と共存してきた生き物だ。私の正体を知ったお前をタダで帰す訳にはいかないんだよ」
月島「貴方が急に飛び出してくるからじゃないですか!」
メリー「それでも私を轢いたのはお前だろう? 人間の定めた法じゃ車が悪くなるんだろ? 私知ってるぞ!」
月島「バレたくなかったならすぐにいなくなればよかったじゃないですか……」
メリー「私を無視できなかったお前自身を恨むんだな。あと、別にバレたくない訳でもないんだな」
メリーはニヤッと笑う。月島は俯いて考え込む。
メリー「……なぁ、ヴァンパイアになれよ。ヴァンパイアは人間なんかと違って時間に縛られない。永遠に生きることができるんだぞ? お前は百年足らずの寿命で満足できるのか?」
月島「……眷属って言うのは」
メリー「あ、なんだ?」
月島「眷属っていうのはなんですか……?」
メリー「……まぁ、詰まる所私の奴隷だな。私に血を提供し続けるんだ。死ぬまでな」
月島「それは……家に帰れるんですか……?」
メリー「……ん、日が出てる時間私は動けないからな。だがお前の夜は一生私のものだ」
月島「じゃあ、眷属でお願いします……」
メリー「なんだ? ヴァンパイアにならなくていいのか? 永遠を手に入るんだぞ?」
月島「別に、永遠とかは興味ないです…」
メリー「いいか? お前が私の正体を誰かにバラそうとしたら血の味で分かるからな?」
月島「言いませんよ。僕は家に帰って仕事ができるなら奴隷でも構いません」
メリー「……ふん、愚かだな。永遠を捨ててまでやりたい仕事とはなんだ?」
月島「……小説を書いてるんです」

○ハイツメルシーズ202号室・リビング(夜)
八畳程の広さの室内、壁には本が大量に並べられた本棚がある。メリーと月島は室内中央の机を挟む形で向かい合っている。月島は右手に文庫本を持っている。
月島「例えば、貴方がこの本を残り10ページの所まで読んだとしましょう」
メリー「……ん。本など読まんがな」
月島「そこで僕が、残りの10ページを破り捨てたとします。どう思いますか?」メリー「腹が立つな。お前を殺すだろう」
月島「でも、残り10ページを読まないままでいるというのは、貴方の頭の中ではまだ物語は終わってない。つまり永遠になったということになりますよね?」
メリー「ん? そうなるか? 完結は存在するんだぞ?」
月島「存在します。でも永遠に生きる貴方にとって完結を読まないということは、永遠に終わらないということになりますよね」
メリー「ん、大分屁理屈に聞こえるが」
月島「人間という生き物、はその完結を完璧なハッピーエンドにするために生きてるんです」
メリー「……ふん、永遠を知らない生き物の言い訳に過ぎんな。面白い物語なら永遠に続いてほしいと思うだろ」
月島「終わりが見えない小説なんか読みたいとすら思われませんよ。終わりがあるから美しいんです。永遠なんかより魅力的だ」
メリー「……そこまで言うのなら、お前の小説を読ましてみろ。面白いはずだろ?」
月島「ええ、最高に面白いですよ。どうぞ」
月島は右手に持っていた本をメリーに手渡す。メリーは退屈そうな表情で本を開く。

○月島家・書斎(夜)
広々とした書斎、壁は一面本棚で覆われており、多くの本が散乱している。部屋に置かれた机では月島(37)が原稿用紙に向かって執筆作業をしている。部屋の隅に置かれた大きな椅子にはメリー(126)が座りながら原稿用紙を読んでいる。月島の首元にはメリーに噛まれた牙の跡がついている。
メリー「どんな姿に生まれ変わっても、きっと貴方を探すから、どうか私を忘れないでいて……」
メリーは原稿用紙に書かれた小説を声に出しながら読むと、怪訝な表情を浮かべて月島を見る。
メリー「……なぁ、お前は永遠はいらないというのに、生まれ変わりたいと考えているのか?」
月島「ん? そうだよ?」
メリー「……わからんな。それは永遠を求めているのと何が違うというのだ」
月島「メリーには分からないだろうね。これは人間の話なんだよ」
メリー「……まぁいい。続きはまだか?」
月島「今書いてるから、もう少し待ってて」
メリー「まだなのか!? もう幾晩も待っているのだぞ!?」
月島「このエンディングのために書いた物語なんだよ。時間をかけたいんだよ」
メリー「屈辱的だ……! ここまで読ませておいて待たせるなんて!」
月島「メリーが勝手に読み始めたんだろ? 他の小説でも読んでてよ。話しかけられたら進まないから」
メリー「もうお前の本も、この部屋にある本も全て読み尽くしたぞ。もう読むものなどない」
月島「じゃあ図書館にでも忍び込んだら? メリーなら簡単でしょ?」
メリー「簡単なだけだ。やりたいかどうかは別だ」
月島「じゃあ待ってて。明日の夜には読ませてあげるよ」

○交差点(朝)
交通量の多い交差点で月島と編集者が信号待ちをしている。月島は下を向いて目元を押さえている。
編集者「先生、寝不足ですか?」
月島「いや……、ちょっと貧血気味でね」
編集者「体調だけホント気をつけてくださいよ。健康診断に行かせられないんですから」
月島「あぁ……大丈夫だよ……」
編集者「先生、初めてお会いした時からどんどん顔色悪くなってるし……」
月島は目元を押さえてふらつく。
編集者「諸々の出版イベントが終わったら一旦休みましょう。……先生?」
朦朧とした様子の月島はふらついて車道に出る。横から、トラックが走ってくる。

○病院・集中治療室(夜)
集中治療室のベッドに、昏睡状態の月島が横たわっている。身体中に多くの管が繋がれており、口元には呼吸器がある。集中治療室の窓が突然割れ、窓からメリーが入ってくる。メリーは原稿用紙を手に持っている。
メリー「はぁ……探したぞ。言ったろう? お前の夜は私のものなんだ」
メリーは昏睡状態の月島を冷ややかな目で見る。
メリー「……やはり、人間という生き物は美しさに欠けるな。そんな不完全な身体で何故生きていたいと思えるんだ」
メリーは月島に語りかけるように話すが、反応は無い。
メリー「このままでは物語のラストが読めないではないか。永遠よりも魅力的なものを見せてくれるんだろう?」
メリーは鋭い牙で自身の下唇を強く噛みしめ、血を流す。
メリー「何度でも用意してやるから見せてみろ。お前が描く完璧なハッピーエンドを」
メリーは月島の呼吸器を外し、口付けをするように月島に血を飲ませる。血を飲まされた月島の肌は青白く変色していき、ゆっくりと目を覚ます。
月島「メリー……?」
月島は不思議そうに起き上がる。
メリー「こんなによくできた物語をここで終わらせられては気が済まない。早く続きを書いて読ませろ」
メリーの服が唇から流れた血で濡れている。月島は震える手で自分の口元に触れる。
月島「メリー……僕に……血を飲ませたのか……?」
メリー「あぁ、飲ませた」
月島「なんで……」
メリー「お前が言ったんだろ? 物語は終わりがあるから美しいんだって。未完の物語を残したまま死ぬな」
月島は立ち上がり、勢いよくメリーの胸ぐらを掴む。
月島「なんてことしてくれたんだっ……!」

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