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【要約】ハイリンヒ・リュッツエラー(川上実訳)「装飾ーヨーロッパ美術とイスラム美術の比較ー」『芸術と装飾』(山本正男監修)pp6-19(1986)

【要約】

本稿ではヨーロッパとイスラムにおける聖堂などの建築に施された装飾を分析することによって、西洋や中東といった「装飾」の捉え方の違いを明らかにすることを目的としている。ヨーロッパにおいては「装飾」とは、ある物に対して付加的なものであるということが一般的な理解である。
しかしイスラム文様などにみられる装飾は、西洋的な概念に囚われず装飾が建築を覆い隠すように支配している。このような装飾に対する捉え方の相違を分析している。筆者はイスラム文様は幾何学的装飾、植物文、アラベスクといった歴史的な装飾の分類に囚われず混合されていること、また文字を伴っている装飾であることを基礎概念のひとつとしている。それゆえに、多様性を伴っており、対称性の強い特徴がみられる。そして、「イスラム文様は自らのリズムを備えて構造から自立してしまう」という。すなわち、装飾が建築より優先されるという意識がある。「観るものは絶えず新しい目で観察することになり、関連する全体を容易に見渡すことができない。柱頭はいわば溶解し、ドームは波打ち、幾何学的なものは非幾何学的に転換されるといった逆説的な現象が生じている。平面は盛り上がり、あるいは沈下する。境界は解消され、歌詞的なものはしばしば不可視化的なものを指示するのである。」
その一方で、ヨーロッパの建築においては、装飾は建築の構造に対して部分的に扱われており、建築の構造を「実存的な力」として見せるような形をとる。実存的な力とは、理性と意志を象徴する。「この実存的な力は見るものの視覚を誘導し、利用する者の歩く道を方向付ける」。
以上のような双方の装飾の分析から、これらの違いについては宗教観が大きく現れているのではないかと結論と考察を行なっている。例えばキリスト教は三位一体の理念を信仰の中心においている。(つまり構造的?なのかそこは本書で著者は明らかにしていない)。またイスラム教はアッラーの教えを詩のように教える。また、神という偶像を作らない。そのため、文字を伴った装飾が重要なのである。


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