現代美術にみられる装飾性からジェンダーや多様性を考える

第22回東京科学シンポジウム予稿集
主催:日本科学者会議東京支部
で執筆した本note筆者の予稿をこちらにもUPします



現代美術にみられる装飾性からジェンダーや多様性を考える(2023)

久木田 茜

1.はじめに

 本発表では、近代以降の美術作品にみられる装飾性の捉え方の変遷について着目し、近年においてジェンダーや多様性をテーマとして適した造形表現であることを紹介し、その可能性を考察する。

 2.美術作品における装飾性

本発表における現代美術における装飾性とは、美術作品という対象に内包された、装飾物や装飾文様の構造を取り入れたモチーフや視覚的な造形表現のことを指す。装飾とは一般的に建築や道具などの表面に付属する視覚的に美的な効果を発揮するものである。[1]ケルト文様の研究家でもある鶴岡真弓はこの装飾の自立不可能性を、文法における他動詞的な存在としての役割が強いと主張している。[2]装飾とは常に「なにかの付属物」であり、「それ自体表現ではない」構造を持ったものとして存在している。
しかし、装飾は、様々な対象に付属するかたちで広い社会性を持った存在として展開している。古典的な装飾様式の多くは建築をはじめとし、刺青、服飾、家具など装飾は日常に近しいものとしてありふれている。絵画をはじめとした美術作品の中にも、視覚的な効果を放つ造形表現として装飾性は内在する。

3.装飾性の分類

美術史において、装飾が積極的に研究の対象とされたのは19世紀の建築史家G•ゼンパー『様式論』(1863)[3]や、A•リーグル『美術様式論』(1893)[4]であるといわれている。ゼンパーやリーグルは共に、原始的なものづくりからの眼差しから芸術の起源を文様から捉えようとした。
19世紀後半の産業革命以降、ルネサンスからの古典主義的な芸術のあり方が揺らぎ、芸術と装飾はその価値観の刷新する動向が強くなる。例えば、装飾を含むデザインや工芸など実用を伴うものは応用美術、絵画・彫刻・建築といった表現は純粋美術、といった分類がされるのはこの時代である。以降、美術作品における装飾性は強い議論の対象となり、近代以降大きな変遷を辿ることとなる。そこで近代以降に美術史における装飾性の捉え方を、三つの特徴として分類を行ってみたい。

(1) 本質を覆い隠す
まずは、芸術におけるモダニズムの思想である。美術史家の天野知香はモダニズム中心における装飾と芸術をめぐる特徴において、モダニズム芸術を立証させるために装飾が批判されたと考察をしている。[5]モダニズム絵画を提唱したC•グリーンバーグは、絵画における装飾性をモダニズム絵画の特性である平面性や自律性を遠ざける要素として批判した。[6]また、建築においても建築家A・ロース『装飾と犯罪』(1908)では、装飾を子供じみた表現とみなし、建築をはじめとした文化物から装飾を取り除くことが進化につながると主張した。[7]鶴岡はこのような「本質を隠し覆う装飾」の要素を、近代以前から持っている西洋社会の認識であるということを、シェイクスピア『ヴェニスの商人』(1600)「世界は、いまだ、装飾によって、騙されている」という言葉を用いて説明している。[8] 本質を求める西洋の観念は、モダニズムを通して装飾を排除する動向を生んだ。装飾は、モダニズムの観点から、取り外し可能なものであり、そこに内容はない(或いは本質を逸らす)ものとして受け入れられ続けてきた。

(2) 芸術意思
しかし、同時期に作品における装飾性はプリミティヴィズムから本質を覆い隠すものとは異なるものとして考えることができる。非西洋文化圏から略奪した文化物は、ピカソやマティス、ゴッホなどのアーティストに多大な影響を及ぼした。写実性やマッスを無視したフォルムの彫刻や幾何学形の模様によって表現されるテキスタイルなどは、西洋とは異なる他者の眼差しというプリミティヴなもののジャンルとして捉えられている。[9]
前述したリーグルは、古代の装飾行為から「芸術意思」という独自の概念を形成した。芸術意思とは、素材や技術といった制約を乗り越えていくような装飾表現思考のことを指す。[10]モダニズムの興進によって見えざるものとなっていた装飾性は、西洋主義的な価値観とは異なり、芸術意思を内包した表現として考えることができる。
さらに、プリミティヴなものに対する評価は、20世紀後半美術界において加速する。例えば、西洋美術や近代美術非西洋文化や民族的な知見から再考することをテーマとした「20世紀美術のプリミティヴィズム」展(1984年 ニューヨーク近代美術館)[11]。また、1989年にポンピドゥーセンターで開催された「大地の魔術師たち」展[12]では、西洋と非西洋の区別なく世界中から100人の同時代作家を選定し、仮面や曼陀羅といった民俗的な資料と作品を併置して展示を行っている。

(3) 文化的表象
上記のような19世紀後半から20世紀後半までの変遷に加えて、20世紀後半以降から現在にかけて作品における装飾性はまた新たな表現形式としての輪郭を作りだす。それは、装飾そのものが持つ歴史的背景などを用いて表現を試みようという文化的表象としてのあり方である。
例えば、1970年代半ばから80年代にかけてパターン・アンド・デコレーション(以下P&D)と呼ばれる美術の動向は、装飾の幅広い社会性の特徴に着目し、社会における美術の接点をつなげるハブとして表現に用いられた。そもそもテキスタイルなど布や糸を用いて装飾を作る工程は女性を中心となっている文化やP&Dと紹介される作家には女性が多いことから、1970年代以降発展するフェミニズム・アートとして捉えられている。[13]
また、作品における装飾はポストコロニアリズムの視点としても用いられる。例えば、ロンドンに生まれナイジェリアにルーツを持つインカ・ショニバレCBEは装飾的な布をしばしば自分の作品に用いることで、アフリカ人としての自身の複雑なルーツを用いて表現を行っている。[14] 

4.現代美術(21世紀美術)の装飾性の可能性

以上、装飾性は現代美術においてジェンダーや多様性という観念から非常に重要なモチーフや要素であると考えられる。しかし、現状、作品における装飾性はあまり研究がなされていない。対象に付属することによって表現が可能となる装飾性は、造形表現としては取り除き可能かつ、捉えることが定義しにくい弱い一面を持つ。しかしこの弱さは、造形的な一面から芸術意思、文化的表象として深い意味を持つものとして、現代美術では新たな位置付けが可能な要素ではないかと考えられる。

脚注および引用文献

[1] 『世界大百科事典16』,平凡社,2007年改訂版, p.280.
[2] 鶴岡真弓『ケルト/装飾的思考』筑摩書房,1993年,p.339
[3] 大倉三郎『ゴットフリート・ゼムパーの建築論的研究 : 近世におけるその位置と前後の影響について』中央公論美術出版,1992年
[4] アロイス・リーグル (加藤哲弘訳)『様式への問い:文様装飾史の基盤構築』中央公論美術出版,2017年
[5] 天野知香「特集「装飾」の潜在力」『美術フォーラム21特集「装飾」の潜在力』醍醐書房,2019年,pp.21-23
[6] クレメント・グリーンバーグ(藤枝晃訳)「イーゼル絵画の危機」(1948)『グリーンバーグ批評選集』勁草書房,2005年,pp77-81
[7] アドルフ・ロース(伊藤哲夫訳)「装飾と犯罪」『装飾と犯罪―建築・文化論集―』中央公論美術出版,2005年,pp.90-92
[8] 鶴岡真弓「ネオ・オーナメンタリズムの兆し」『MOTアニュアル:装飾』東京都現代美術館,2010年, p.84
[9] 大久保恭子『プリミティヴィズムとプリミティヴィズム』三元社,2009年
[10] アロイス・リーグル(井面信行訳)『末期ローマの美術工芸』中央公論美術出版,1902年
[11] 『20世紀美術におけるプリミティヴィズム―「部族的」なるものと「モダン」なるものとの親縁性』,ウィリアム・ルービン,淡交社,1995年
[12] Magiciens de la terre: Centre Georges Pompidou,Musée national d’art moderne,1989年
[13] 天野知香『装飾と他者』ブリュッケ,2018年, pp36-37
[14]正路佐和子「犯罪的装飾―インカ・ショニバレCBE『美術フォーラム21特集「装飾」の潜在力』醍醐書房,2019,pp93-99



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