赤津龍之介

浅間山の北麓にあった照月湖を舞台とする長篇小説『明鏡の惑い』を、アルファポリスにて公開…

赤津龍之介

浅間山の北麓にあった照月湖を舞台とする長篇小説『明鏡の惑い』を、アルファポリスにて公開しています。次回作に向けて、作曲家カール・レーヴェに関することを調べています。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/703314535/113741973

最近の記事

【台詞集】小説『明鏡の惑い』第四章「白詰草の冠」より

なんという今の美しさだろう    オートバイといえば、あれを思い出すのう    ああ、浅間牧場のレースのことね?  来年また浅間で会おう この景気のよさはどうだ。この豊かさはどうだ。    私がお母さんのピアノや神様のお話を聞きたがると、お父さんはひどいことをするの  てんにましますかみさま、かいたくのたみをおゆるしください。ろくりがはらのたみをおゆるしください。 ルカちゃん綺麗。花嫁さんみたい    ユウちゃん、また来るから。泣かないの、また会えるから  じ

    • 【台詞集】小説『明鏡の惑い』第三章「祖父の顔」より

      見いつけた! 目の細い真壁千代次さんて、あなたね!    お祖父さんの顔を作りなさい  うぇいうぇい、今日も晩酌、晩酌 熊川は勢いよく活動する水で、この照月湖は安らぐ水よ。    そして月も日もここで安らぐ……  人生七十古来稀なり、見ての通りの白髪頭よ。 ダワイ! ダワイ!    怪我人と病人は休ませてくれ  日本人など所詮はその程度のものだ。揃いも揃って長いものには進んで巻かれ、強きを助け弱きを挫く。 もしお祖父様がソヴィエトの女の人と結婚していたら、私

      • 【台詞集】小説『明鏡の惑い』第二章「四季折々の花」より

        弱いくせに! 弱いくせに!    今は何世紀?    一九八八年だから、二十世紀よ  一九九九年の七月に、人類は滅亡するらしいぞ。 ほれユウ、食ってみろ。うっまーい!    照月湖から河童が出てきて、カッパッパー!  わが子の前途の平々凡々たることを願う心こそ、真の親心ではないですかな。 湖のほとりに水仙が咲いたわよ。    お花がよく見えるようになれば、人間だってよく見えるようになるわ    人間が怖かったら、まずはお花を見ればいいんですね  おまえら結婚し

        • 【台詞集】小説『明鏡の惑い』第一章「六里ヶ原」より

          ああ、まだ池が完成しないうちから、早くも私は明鏡止水の心境だ。    自ら活動して他を動かすは水なり。  これからはもっと観光事業を拡大しよう。 ユウ、おめえは増田ケンポウちゅう名前を知っているか?    湖のような心を持ちたいものだな。  観光ホテル明鏡閣の支配人、南塚亮平です。 昨日こそ浅間は降らめ今日はまた 御晴らし給へゆふだちの神    この湖のような美しい百点満点を、お母様はおまえに期待しています。  ウッフフ、満蒙開拓団なんてねえ

        【台詞集】小説『明鏡の惑い』第四章「白詰草の冠」より

          小説『明鏡の惑い』第二十四章「勇者の帰還」紹介文

           観光ホテル明鏡閣の大食堂に鳴り響く〈「見よ勇者の帰れるを」の主題による変奏曲〉は夢か幻か?  難関高校の学区外受験に挑んだ悠太郎の合否やいかに?  悠太郎と真壁一家の運命やいかに?  謎に包まれていたピアノの先生の来歴が、PTA会誌に寄せられた手記で明かされる。  そして新世紀。  一時代の終焉を見届けたひとりの若い女が、照月湖の湖畔を旅立っていった。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/703314535/113741973

          小説『明鏡の惑い』第二十四章「勇者の帰還」紹介文

          小説『明鏡の惑い』第二十三章「烏川」紹介文

           高校受験を明日に控えた悠太郎は、高崎にある和田橋に立って、夕映えの烏川を眺めていた。  激しく吹きつける赤城おろしの空っ風が、その弱りきった体を倒さんばかりであった。  様々なことが思い出される。  冷たい横顔を見せつけるように卒業していった留夏子のこと。  学力試験でのミスを家族に責められ、部屋のピアノに鍵をかけられたこと。  合唱コンクールの体育館練習で裁判にかけられ、吊し上げられて孤立無援になったこと。  株式会社浅間観光の廃業に、頑として肯んじない祖父のこと。  懐

          小説『明鏡の惑い』第二十三章「烏川」紹介文

          小説『明鏡の惑い』第二十二章「秋晴れの野に」紹介文

           中学校では英語暗唱大会が開催される。  2年生からは悠太郎が、3年生からは留夏子が、学校を代表して郡大会へ送られることに決まった。  (1年生からは、かつて空手道場で悠太郎を困らせた美帆が選ばれた。)  3人は放課後の英語練習に励む。  静けさを味方につけるような話し方をする美帆の正体を、留夏子は掴みかねているらしい。  かつては空手一筋だった美帆の変わりように、悠太郎は驚いていた。  郡大会を明日に控えた夕方の帰り道で、留夏子は株式会社浅間観光のことを聞いたと悠太郎に話す

          小説『明鏡の惑い』第二十二章「秋晴れの野に」紹介文

          小説『明鏡の惑い』第二十一章「留まる夏」紹介文

           1997年の六里ヶ原にも、夏休みがめぐってきた。  中学校で留夏子が貸してくれた本に、悠太郎は読み耽っていた。  それはトマス・アクィナスの『神学大全』からの抄訳本で、留夏子の母の陽奈子先生が線を引きながら読んだ跡があった。  夏休みのある日の午後、なぜか留夏子と合流した悠太郎は、この優れた先輩と照月湖のほとりで長い長い会話を交わす。  質料と形相について。ハビトゥスについて。  時間について。永遠について。  留夏子の名前の由来もまた明らかになる。  静かな思いのうちに、

          小説『明鏡の惑い』第二十一章「留まる夏」紹介文

          小説『明鏡の惑い』第二十章「移ろう時」紹介文

           1997年が始まった。  シューベルト生誕200年を記念したテレビ番組に、悠太郎は夢中だった。  凶悪な3年生を送り出すための予餞会では、様々な出し物が演じられる。  演劇クラブが舞台にかけたアンデルセン原作の《雪の女王》では、芹沢カイがカイを演じる。  年度が改まって進級したみんなは、榛名湖畔での高原学校に臨む。  ゲーテの詩によるシューベルト歌曲〈湖上にて〉を、悠太郎は思い出していた。  中間試験期間中のある日の帰り、留夏子は悠太郎を吾妻牧場碑に伴い、学区外受験の誘いに

          小説『明鏡の惑い』第二十章「移ろう時」紹介文

          小説『明鏡の惑い』第十九章「荒涼楽土」紹介文

           合唱コンクールでの大勝利は、思いがけない惨劇を留夏子の家庭にもたらした。  悲しみと怒りのなかで留夏子は、ふるさとを覆う荒涼たるものの正体を突き止めようと決意する。  留夏子の石碑めぐりに付き添う悠太郎は、祖父の千代次から授けられた漢字の知識で留夏子を補佐する。  軍馬育成の吾妻牧場の顛末、六里ヶ原学芸村の由来、そして満蒙開拓団の血塗られた記憶――。  幼い頃には理解できなかったそれらの碑文を、ふたりは読み解いてゆく。  晩秋の烈風のなかで、ふたりの向学の意気は火と燃えるの

          小説『明鏡の惑い』第十九章「荒涼楽土」紹介文

          小説『明鏡の惑い』第十八章「森の葉隠れ」紹介文

           秋の深まりとともに、留夏子たちの学年の合唱は、着々と仕上がっていった。  そこには1学年下の悠太郎の密かな助力が、強く影響していた。  ついに文化祭の日、留夏子が指揮するシューマンの〈流浪の民〉は、ペトラの伴奏で演奏される。  悠太郎が主導して練り上げた秘策が、次々と繰り出される。  そして歌詞に現れた「楽土」の一語は、老人たちに満蒙開拓団の昔を思わせるのであった。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/703314535/11374197

          小説『明鏡の惑い』第十八章「森の葉隠れ」紹介文

          小説『明鏡の惑い』第十七章「燃ゆる火」紹介文

           留夏子からの密命を受けた悠太郎は、シューマンの合唱曲〈流浪の民〉について調査を開始する。  国語のタヌキ先生は音楽の友で、怪しみながらも『最新名曲解説全集』を貸してくれた。  歌詞対訳のついた原曲のCDは、思いがけない場所にあった。  原詩と訳詞を比較するうちに、様々な謎が解けてゆく。  ピアノ教室で楽典を習っている悠太郎は、楽曲分析にも余念がない。  そうして調べ上げたことどもを、悠太郎はワープロで資料にまとめる。  留夏子がモンタナ州でのホームステイへと、心安らかに旅立

          小説『明鏡の惑い』第十七章「燃ゆる火」紹介文

          小説『明鏡の惑い』第十六章「遠い遠い昔」紹介文

           悠太郎は中学校の階段をまだ昇っている。  3階にある音楽室からは、たどたどしいピアノの音が聞こえる。  それは悠太郎が9歳の誕生日に、観光ホテル明鏡閣の大食堂で弾いていた〈ロング・ロング・アゴー〉であった。  あれから長い歳月が過ぎた。しかし誰が弾いているのか?  ペトラこと麻衣の仲立ちで対面する悠太郎と留夏子は、互いを奇妙に意識する。  ペトラに促された留夏子は、指揮をすることになった合唱曲について、悠太郎に相談を持ちかける。  この過疎の町は、1学年が1クラスのみ。秋の

          小説『明鏡の惑い』第十六章「遠い遠い昔」紹介文

          小説『明鏡の惑い』第十五章「筆記体」紹介文

           悠太郎は階段を昇っている。高原の中学校の階段を、2階から3階へと昇っている。  そうして昇りながら、入学以来の3ヶ月のことを思い出している。  エメラルドグリーンのジャージのことで、同級生から受けた嫌がらせ。  登校時に国道の急な下り坂で、自転車を転倒させたこと。  通りかかった留夏子先輩がくれた『重力と恩寵』からの言葉。  笑い上戸のペトラや、ブチ公、ジョルジョといった留夏子の同級生たち。  モアイのような埴谷先生をはじめとする、あまりにも個性豊かな先生たち。  そんな環

          小説『明鏡の惑い』第十五章「筆記体」紹介文

          ギーゼブレヒト伝に現れたレーヴェ(5)

           文献学者フランツ・ケルンが書いた『ルートヴィヒ・ギーゼブレヒト 詩人・学者・教育者』という伝記に依拠しつつ、ギーゼブレヒト(1792-1873)と同僚のギムナジウム教師であった作曲家カール・レーヴェ(1796-1869)の足跡をたどるこのシリーズも、いよいよ終わりが見えてきた。(1)から(4)にかけて、ふたりの出会いと共同作業の記述を追った。取り上げられた創作は主としてオラトリオであり、学校行事に際しての歌もあった。  今回はレーヴェの独唱作品に関するトピックを取り上げる

          ギーゼブレヒト伝に現れたレーヴェ(5)

          ギーゼブレヒト伝に現れたレーヴェ(4)

           この記事のシリーズは、文献学者フランツ・ケルンが書いた『ルートヴィヒ・ギーゼブレヒト 詩人・学者・教育者』という伝記に依拠しつつ、ギーゼブレヒト(1792-1873)と長年の同僚であった作曲家カール・レーヴェ(1796-1869)の足跡をたどる試みである。(1)では出会いの頃と、1832年に始まる共同の創作が、(2)ではヘーゲルの『宗教哲学講義』の線に沿ったオラトリオの構想が、(3)ではマインツの音楽祭におけるオラトリオ《鉄の蛇》の大成功と、同じくオラトリオ《グーテンベルク

          ギーゼブレヒト伝に現れたレーヴェ(4)