うまくやるより、熱くやる!アカツキQA・CXの次世代リーダー育成「ジュニア研修」
はじめに
おつかれさまです。坪谷 邦生です。企業の人事を支援する仕事をしています。今回はアカツキ社で7年間取り組んできた次世代リーダー育成「ジュニア研修」についてお伝えします(拙著『図解目標管理入門』の内容を一部改変して使用しています)。
ジュニア研修が作られた背景
急拡大の中で組織づくりに苦戦の日々
私がアカツキ社の創業メンバーの1人である安納 達弥さんと出会い、ご支援することになったのは2016年のことです。
当時のアカツキは上場したばかり急成長の真っ只中でした。新しいモバイルゲームの開発が何本も同時に進んでいく中で、ゲームの動作検証(QA)やカスタマーサポート(CX)の部門「CAPS(Customer And Product Satisfaction)」を担当していた安納さんは、ある悩みを抱えていました。他部門からの「引き抜き」です。
ゲームの基礎を学べるこの部門で育った人材は、即戦力として魅力的に見えたのでしょう。メンバーを一人前に育てると、すぐに他部門に引き抜かれてしまう。いつまで経っても組織は安定せず、悪戦苦闘が続いていました。これから数年先の組織図をともに描き、どんな人材がどのくらい必要なのかを何度もホワイトボードに書き出して、2人で計画を立てました。
八方ふさがりの中で安納さんは「一旦CAPSという組織は解体して、自分もCAPSのリーダーを辞めようか」と考えるほど追い詰められていました。そんな中で、安納さんは1つの兆しを見出します。それは「ゲームを作りたい」「ゲーム業界に恩返しがしたい」という想いをもって働いているメンバーの存在でした。
メンバーの夢を応援し組織には即戦力を送り出す
多くのゲーム会社では通常、ゲームを企画するプランナーとして採用されるためには経験が必要で、未経験者が受け入れられる機会はそう多くありません。しかしアカツキのCAPSでは、知識やスキルはなくても「想い」がある人が活躍していました。
「ゲームを作りたい」と夢を持って入社したメンバーが、CAPSで経験を積んだことで周りから認められ、別部署へ異動できるチャンスを得ることは、「その本人にとって、とても良いことなのではないか?」と安納さんは気づいたのです。さらに引き抜かれたメンバーたちが、実際に異動先の部署でも活躍している事実もありました。
のちに安納さんはこう語っています。
こうして苦しんできた「引き抜き」をポジティブなものとして捉え直すことで「人材輩出組織」という組織目的が決定し、それに従って採用・育成・代謝の方針も変更していきました(一貫性が人材マネジメントを効果的にします)。
採用:経験者のスキル採用から、ゲーム作りへの意欲を重視した未経験者のスタンス採用へ。
育成:大量の未経者を受け入れられるように、熱意のあるリーダーを数多く育てる。
代謝:成長して他部門や他社へ卒業していくメンバーを心から応援し、その幸せを本気で願う。
人材輩出組織の象徴施策「ジュニア研修」
その人材輩出組織に向けた一連の取り組みの中で、もっとも象徴的な施策が「ジュニア研修」です(下図参照)。今後を担う若手リーダー候補(ジュニア)を対象に3日間のプログラムを行います。この研修を通してジュニアたちは、リーダーとしてのスタンスを学びます。
安納さんが打ち立てた方針のとおり、この研修でもっとも大切にしているのは「想い」です。知識やスキルの講義ではなく、1人ひとりの想いが場に出ること、それを全員で磨き合う場を目指します。
研修の運営、ファシリテーター、アドバイザーは歴代の先輩ジュニアが担います。熱量を次へ渡すというサイクルによって、13期60名以上のリーダーが輩出されてきました(2023年12月現在)。そしてジュニア研修の運営は「うまくやるより、熱くやる」という言葉が代々受け継がれてきました。
次の章からは、3日間それぞれの内容をご紹介します。
1日目「自分と組織の接点を捉える」研修
ジュニア研修1日目のテーマは「自分と組織の接点を捉える」ことです(下図参照)。
研修の前提
この8時間のプログラムでは、受講者の過去・現在・未来を辿りながら、本人と組織の接点を再確認します。エンゲージメント向上、オンボーディングなどにも活用できる内容で、単発で実施することもできます。
事前課題として、入社動機をA4用紙一枚に書き出すように受講者へ伝えておきます。
ワーク1.なぜこの組織に来たのかを再確認する
一人ひとりが自分の入社動機を発表し、感想や質問をやりとりします。全員でその人が「なぜこの組織に来たのか」「なぜいまここにいるのか」をわかちあいます。
仕事上、接点がなく話したことのなかった同僚が、実は自分とまったく同じ想いでここにいることを知ったり、よく話をする同僚が実は意外な過去を経て同じ職場に辿り着いたことを知ったり、お互いの過去を知ることで、個と組織の間に、新鮮な発見があります。CAPSではスタンス採用を徹底したため、想像以上に同じ動機で入社した方が多く、全員で驚くことになりました。
ワーク2.今の仕事の意義をわかちあう
今の仕事を説明し、お互いに理解します。そして「その仕事をすると、誰が、どう嬉しいのか」を全員で思いつく限り書き出すことで、今の仕事は何に「貢献」しているのか、どんな「意義」や「価値」があるのかを再認識します。その仕事は、入社時の想いを実現できているか、実現に近づいているかを改めて考えます。
ワーク3.組織のビジョンを自分の言葉で語り直す
最後に、組織のビジョン(方針・理念など)を自分の言葉で語り直すことで、組織の未来と自分の未来を重ねていきます。
まず研修の実施を決定したオーナー(当時は安納さん)が、組織のビジョンを全員にあらためて発表します。オーナーが自分の組織観を自分の言葉で語りかけることが、受講者へのお手本となります。
受講者は、過去・現在のワークで得た言葉を使って、組織のビジョンを自分の言葉に書き換え、語り直します。会社や上司が言っているから目指すのではなく、自分の人生として目指したい組織の姿を描くこと。それが、この研修のゴールです。
2日目「自分のキャリアと向き合う」研修
ジュニア研修2日目のテーマは「自分のキャリアと向き合う」ことです(下図参照)。
研修の前提
この8時間のプログラムでは、やりたいこと・できること・やらなければならないこと、の3つを仲間の力を借りて自覚し、統合することでキャリアの軸を作ることを狙います。あらゆる世代のキャリア開発に活用できる内容で、単発で実施することもできます。
事前課題として、自分史グラフ(下図参照)を書いて提出し、当日までに全参加者が全受講者のグラフを一読しておきます。
ワーク1.やりたいこと(Will)
「やりたいこと」とは個の主観です。人によって、また時期によっては見出すのが困難な場合もありますが、他者の視点を借りることで、そして他者に自分の人生を語ることで、自分の「やりたいこと」を明確にしていきます。
自分史グラフを読んで、その人の「やりたいこと」が何なのかを想像して伝えあいましょう。外れてもいいのです。「私にはこう見える」と伝えることが、刺激になるかもしれません。私自身の経験では、研修で「坪谷は哲学書を書きたいんじゃない」と仲間から言われたことがずっと頭に残っており、そのあとのキャリアに大きな影響を与えました。
ワーク2.できること(Can)
「できること」とは個の客観です。自分ではできると思っていても、他者から見てそうでなければ、それは思い込みです。
受講者が「できている」ように見えること、そして「できていない」ように見えることを、全員で洗い出して伝えましょう。「できている」ことは多ければ多いほど良いです。考えすぎず、些細なことでも大量に場に出して、シャワーのように浴びせてください。
逆に「できていない」ことは、ただの否定にならないように気をつけましょう。その人がキャリアを考えるときに必要だと思うことを、愛と配慮を持って伝えてください。
ワーク3.やらなければならないこと(Must)
「やらなければならないこと」には2種類あります。自分がやらなければならないと決めていること(主観)と、他者からの期待です(客観)。参加者全員から、その人に期待していることを伝えます。
最後に、Will・Can・Mustの3つの重なりにふさわしいキーワードを「キャリアの軸」として置きます。この言葉がキャリアの拠り所となり、受講者同士の信頼のベースとなっていきます。
3日目「意志を込めたチーム目標を立てる」研修
ジュニア研修3日目のテーマは「意志を込めたチーム目標を立てる」ことです(下図参照)。
研修の前提
この8時間のプログラムは、受講者が「自分の属しているチームのリーダー」になったと仮定(シミュレーション)して進めます。前2日間の研修に比べて求められるものは格段に重く、耐えられる知識や経験が必要になります。そのためこの3日目のみを単発で実施しても効果は見込めません。
1日目で自分と組織の接点を再確認し、2日目で自分のキャリアに向き合っていることが前提となります。何より重要なのは、受講者の顔ぶれが3日間同じであることです。相互の信頼関係が、困難な課題に挑む受講者を支えてくれることでしょう。
ワーク1.ステークホルダーの期待
事前課題は、自チームに何が期待されているのかを、ステークホルダー(顧客・上司・関連部署)にヒアリングすることです。これまで1メンバーとして働いていたジュニアにとっては、それらの人々に連絡をとり時間をもらうこと自体も壁と感じるかもしれません。研修ではその結果をもとに、ジュニア同士、そして先輩ジュニアたちの支援によって、自チームが求められている「貢献」を言葉にします。
ワーク2.メンバーの状態
どんなに良いチーム目標を立てたとしても、自チームのメンバーがそれをやろうと感じ、リーダーであるあなたについて来てくれなければ、絵にかいた餅です。メンバー全員の顔を思い浮かべて、彼らの状態を想定します。どんな目標であればメンバーは前に進めるのでしょうか。
ワーク3.意志を込めたチーム目標を立てる
チーム目標は、何よりもリーダーの意志が込められていなければなりません。ステークホルダーの期待に応えた貢献、チームメンバーの状態、そ
して自分のキャリア軸(2日目の内容)を統合して、チーム目標を策定します。初めて統合するときには、どうすれば良いかわからなくなるかもし
れません。そんなときは、同じ道を歩いてきた先輩ジュニア(アドバイザー)の力を借りましょう。
そして3日目の最後は、完成したチーム目標の発表です。「メンバー全員にチーム目標を伝える」という想定で進めていきます。全員でその発表をメンバーになったつもりで聴き、疑問点や感じたことをフィードバックします。目標が「どう伝わるのか」を実感し、リーダーの視界を初めて味わう、大切な機会となるはずです。
おわりに
ここまで読んでいただいてありがとうございます。ジュニア研修についてプログラムの詳細までご説明しました。いかがでしたでしょうか。ご参考になる部分があれば幸いです。
これは私の持論ですが、人材マネジメントは「型をつくって、血を通わせることで初めてカタチになる」と考えています。ジュニア研修という型に、安納さんと歴代ジュニアの熱い想いという血が通ったことで、この次世代リーダー育成の取り組みはカタチになったのではないでしょうか。
2023年の今、アカツキは分社化とともに組織体系が大きく変わり、CAPSという組織はもう存在しません。そして安納さんも人事へと役割が変わり、もうCAPSメンバーたちの上司ではありません。しかし、ジュニア研修は安納さんがいない現在も、歴代の先輩ジュニアたちの手で実施され続けており、CAPSは部署名ではなく価値観として語り継がれています。解散時にCAPS内で配られた「CAPS HEART」というタイトルの小冊子にはメンバーたちの想いと共に、こう書かれています。「Wherever you are, We are CAPS!」
先輩ジュニアの1人である持田 憲佑さんが、ジュニア研修の場でリーダーたちに伝えてくれたこの言葉で、終わりにしたいと思います。
私のお伝えしたいことは以上です。