自叙伝風小説30専業トレーダー編

回想

「えーっ、凄い!最初はお仕事していないって聞いていたからちょっと不安だったんですけどー」
「本当!株ってそんなに凄いんですね」
僕は自分の話をしてから打って変わったように笑顔になって褒めちぎってくる彼女たちに笑顔を向けながら手を振っていた。
「いやいや、もっと稼いでいる人もいるし、僕なんてまだまだだよ」
「いや、私たちからしたら凄いですよー!看護師なんて一生かけてもアカヤギさんのお金も稼げませんし!」
「いいなぁ、才能あふれる男性って素敵ですよね」
うっとりと話す姿からは隠しきれていない金の匂いを嗅ぎつけた顔が見えるが、それはそれだ。ある程度遊んだら縁を切ればいいだけだし。
そう考えながら僕自身も悪い気持ちにはなっていないことを確認し、ポケットに入れていた携帯電話が震えるのを感じると、無造作にポケットに手を突っ込んで電源を消した。
「いや、本当こいつ凄いんだって。俺も出会った頃は腹たったんだけどさ。俺は普通のサラリーマンで毎日働いて少ない金を稼いでんのに、こいつは自由に暮らしてるのに自分だけ稼ぎやがって、って!でもさぁ、付き合ってくとこいつの才能が本当にすごいんだなってわかって・・・今はもうただ尊敬しているだけだよ」
僕の隣でやたらと僕を褒めちぎる瀬下を見て僕は内心で笑ってしまう。
普段はそんなこと言わないのに、今は急にこんなことを言い出した。女性陣が僕に食いついてくれたからそこに乗っかって盛り上げようとしているのだろうか。
もっとも合コンというこの場では彼の行動は間違っているとは思えないが。
今まで何度も彼と合コンを楽しんできたがこのパターンは初めてだ、と笑いながら僕はやたらと安い味がする酒を流し込んだ。
「ところでもうそろそろ始まって二時間経ったしさ、カラオケでも行かない?もう食事とか進んでないし」
「あ、いいですねー!私たち看護師は夜勤になることも多いからまだまだ元気いっぱいですよ!」
いい感じに酒も回って盛り上がってきた場で瀬下の誘いに女性陣も乗り気なようだった。
僕ももちろんこの場で解散する気分でもなかったのでその誘いに乗ることにして席をたった。
「じゃあ、瀬下は部屋の予約とか頼んだ、僕は支払いに行ってくるよ」
財布を見せると僕は個室から一人出てレジに向かう。いつも通り支払いを済ませたあと、追いついて来るであろう三人を待ちながら先に店を後にする。今更数万円の支払いは痛手でもない。昔であれば考えられないことだが今であればすぐに株で取り戻せる自信も金銭の余裕もあって、僕はそれが当たり前になっていた。
そして音を消していた携帯電話を取り出すと着信履歴が6件ほど。そしてメールも二通入っていた。
仕事で連絡が来るような立場ではないし、心当たりはいくつかしかない。
だが、今のこの状況でここまでしつこく連絡をよこすのは一人しかいない。
自分が株に集中できるようにとずっと支えてくれていた彼女だ。
(まぁ、今は合コンだし連絡しても仕方ないだろう。今までも何とか誤魔化していたし大丈夫)
そう考えて完全に携帯の電源を落とすと丁度店から出てきた三人に手を振って歩き始めた。
まだまだ夜は始まったばかりだった。

「ただいまー」
結局あの後盛り上がった僕は朝になって帰ってきたが彼女の姿はなかった。
どこか出かけたにしては早いな、と不思議に思いながら部屋着に着替えたあと、ようやくそこでリビングに置かれていた紙の存在に気がつく。
何となく嫌な予感を抱えながら手に取って座り心地の良いソファに座ると目を流し始める。
そこにはある意味では予想通りな言葉が並べられていた。
要約すると今のあなたにはこれ以上付き合いきれない、といった内容だ。
「・・・流石に朝帰りが続きすぎたか」
苦笑いしながら口にするけど反応をくれる人はもちろんいない。
最近は合コンにハマってしまいすっかり彼女に時間を割くこともできていなかった。
悲しいことだが、今から連絡をとって考え直して欲しい、という言葉を言えるような立場でもない。
落ち込みはするがまだ生活に余裕があるだけマシなのかもしれない、そう考えながら頭の中を整理していると携帯が鳴った。
「・・・瀬下か」
昨日今日でまた合コンのセッティングというわけではない。そうなると彼の電話の理由は一つしかない。
それが簡単に想像ができてしまって、僕は思わずため息をついてしまう。
それは彼女が家から出て行ったことよりも重いため息だった。
株で一気に資産が増え、生活の質が上がったことは本当に喜ばしいことだ。調子に乗って失敗しないように気をつけてはいるが、贅沢もできるようになった。
それと同時に自分に自信が持てたのか人付き合いも前に比べたら格段に良くなっており、自分の周りにも沢山の人が存在するようになっていた。
実際瀬下も知り合ってからこのマンションを紹介してくれたり彼の人付き合いを頼って自分の世界を広げることもできた。
だが、彼の問題はないわけじゃない。
それは、きっとこの電話にも関わることだろう。
諦めたようにため息を吐いてから、僕は応答のボタンを押して携帯電話を耳に当てた。
「もしもし」
「おおー!アカヤギ昨日は楽しかったな!俺もお前もうまく行って最高だったろ!」
「・・・まぁね、それよりどうしたの?まさか昨日の続きってわけじゃないでしょ?」
そう聞くと瀬下は笑いながらも申し訳なさそうに少しだけ声のトーンを落とした。
「ああ、そうだった。いやさぁ、俺彼女に合コンがバレてさー、カンカンなんだよ、ごきげん取りにバックでも買ってやろうかなって思ってんだけどさ」
「・・・それは、まあ喜ぶんじゃない?」
「だろ?でもさぁ、彼女が欲しがってるバックが少し高くてさ、俺の給料切り詰めても少し足りねぇんだよ。来月のボーナスで返すからさ、金貸してくれねぇか?」
ほらきた、と僕は電話に聞こえないようにため息をまた吐いてしまう。
「ま、今住む場所とか友人とか瀬下のおかげだから力になってあげたいけど・・・何回目だよー。この前のも結局返してないまんまだけどお前の方は大丈夫なわけ?」
「それもまとめてボーナスで返すって!な、頼むよー。昨日の合コンだって、そろそろ遊びたいってお前が言い出したんだろー?」
「・・・それは、そうだけど。お前も少し前に言ってたからだろ」
「でも昨日が良いって言ったのはアカヤギじゃんか。俺は彼女にばれそうだから別の日が良かったのに」
なぜ自分が文句を言われているのかと僕は辟易としてしまう。
そう、友人関係が広がってきたのは良いのだが、瀬下のように金を貸してくれという人間もまた多く集まってしまっているのだ。貸しても返ってくる方が稀だったし、いついつ返すと約束してもその日に連絡がないこともザラにある。
特に瀬下はお世話になっているというのもあって他よりも多めに貸しているのだが帰ってきたのは最初の一、二回だけだった。
「頼むよー!今の彼女と別れたら俺やばいんだって!ボーナス今年多いから大丈夫だからさ、な?」
「・・・わかったよ。まぁ、信頼しているし色々世話になってるからな。でも、一ついいか?」
「マジで助かるっ!なんだ、俺にできることなら何でも言ってくれな!」
「瀬下とは対等に友人でいたいんだよ。まだお金に余裕のある僕が飲食店の支払いしたりは全然いいけど、お金を貸すってなると対等じゃなくなるだろう?だからこれで最後にしないか?」
そもそもお金の貸し借りをしては友人関係を保つのも大変だ。返してもらえることの方が稀だが、いい加減返してくれと連絡をしてしまえば「そんなに金あるのにせっかちなやつだな」なんて逆ギレしてくる人間も少なくないから貸したくなんか無い。
だが、それでも瀬下は信頼できるし友人関係をしっかり続けたいと思う数少ない人間だ。だからこその提案だ。
「アカヤギ・・・お前俺のことをそこまで。わかった!これで貸してくれっていうのは最後だ!俺も対等な友人でいたいからな!」
その言葉に僕は安心して微笑んだ。
「良かった、じゃあバックの分も貸すし・・・せっかくならいいディナーでも連れて行ってあげれば?少し多めに貸すからさ」
「お前本当にいいやつだな!わかった、ありがとう!」
そうして電話を切った瀬下を信頼する、と自分に言い聞かせながら僕は貸す分の百万円をテーブルに用意した。
「・・・これでラストだ。これで僕らは対等な友人、だよな?」
いまだに貸しては連絡のない知人とは別だ。そう言葉にしながら、僕は夜に来るであろう瀬下の到着を待つことにするのだった。

新しい彼女はできなかったが合コンなんかでしっかり楽しんでいることしばらく。
瀬下の紹介で仲良くなった人からのメールに書いてある内容を見て僕はため息を吐いてしまった。
そこには「前貸してくれた30万円だけどちょっと待って欲しい」と連絡が来ていたのだ。
そもそも返してくれると約束していたのは二ヶ月は前のことで、今更ながら連絡してきてもこっちはとうに諦めていた。
これで一体何人目だろうか。やっぱり金を貸し借りするのは友人関係においてはご法度だ。
そう思って僕は勇気を出すことにした。
瀬下に百万円を貸したのはもう数ヶ月前のことで、ボーナスもとっくにもらっただろうが、瀬下はいまだに金を返してくれることはなかった。
一緒に遊んだり合コンに行ってもあちらからその話題をしてくることはない。まさか忘れていることもないだろうし、気にはなるのだが僕から言うと角が立ってしまう。だから努めて話題にしてこなかったのだが、やはりこのままではいけない。
だから僕はこの勢いのまま瀬下に電話をかけることにした。
数コールしてから瀬下はいつも通りの声で電話に出る。
「おお、アカヤギ!そろそろ合コンがしたくなったか?」
「・・・いや、先週したばかりだしとりあえずは大丈夫、それより今時間大丈夫?」
真剣なトーンと今まで切り出したことのない話の流れに彼も何となく察したのだろう。声を真剣なものに変えながらも僕が切り出す前に早口を捲し立ててきた。
「まぁ少しなら大丈夫。そういや聞いてくれよ。俺彼女と結婚しようと思ってるんだけどさ、今のまま会社勤めで養えんのかって不安になってきてさ。お前みたいに自分で思い切り稼いだ方が彼女も安心できるだろって」
「・・・・うん」
「だな、思ったんだよ。俺も株始めようかなってさ。お前と雑談してる中でノウハウはある程度理解したつもりだし。・・・で、相談なんだけどさ、お前色々本格的に教えてくれないか?」
「うん、それはいいけど・・・会社辞めてどうこうじゃなくてまず挑戦してうまく行ってからの方が」
「いや、でもそれだけの覚悟がないとダメだと思うんだ!もう辞表出すつもりだし。しっかり大金稼いで彼女も支えながらお前にも返していこうと思うんだよ!・・・でさ、悪いんだけど、軍資金貸してくれないか?調べたら二千万もあれば一気に億が稼げるらしいからさ、すぐに倍にして返すって!」
僕はその言葉をやけに遠くに聞きながら、持っていた携帯電話を力の限り握りしめていた。
携帯電話は僕の心の悲鳴のようにミシミシと音を立てるが瀬下の電話が消えることはなかった。

「・・・なるほど、そう言う人間が集まってしまったんですね」
「うん、あいつもそうだし、あいつが紹介してくれた人間も金を貸してくれって言う人間が多くて、結局僕は友人としては見られていなかったのかなって、後から思って悔しくなったよ」
目を閉じながら酒に口をつけるアカヤギの表情はグラスに隠れて見ることができなかった。
「その中でも瀬下っていう人間は特別でね、住む場所から交友関係まで色々本当に世話になっていたし一緒にいて楽しかったのは本当だから。二度と貸さないって約束で百万も貸したのにすぐに今度は二千万だよ。正直呆れを通り越してむかつきが治らなかったよ。確かにその時の僕にとっての二千万と他の人間にとっての二千万は重さは違ったかもしれない。でも、大金には変わりないよね。もちろん百万だってそうだよ。稼ぎ方が違うだけで、僕が必死に集めたお金だ。その人の金を何だと思っているんだってね」
「・・・アカヤギさん」
グラスを力一杯握りしめる彼は微かに震えていた。それだけで彼の当時の痛いほどの悲しみが伝わってくるようだった。
「約束を破って、裏切られて・・・金と友人を減らしてくのは何よりも辛かったよ。それこそ、何千万と負けた時よりもよっぽど、ね」
軽く瞳を潤ませながら気持ちを吐露する彼は、倉田の想像しているような皮肉じみた苦悩ではないことがひしひしと伝わってくる。
「・・・しかも負のスパイラルは続くものでね。友人関係を整理していくうちに相場も悪くなってきてしまってね。F Xや先物取引にも興味があったから手を出してみたんだけど、運悪くリーマンショックにあってね。しかももろに食らったものだから、三億あったお金がその半年だけで一気に五分の一にまで減ってしまったんだよ」
「・・・そこまで、ですか。正直今の僕の月収が五分の一になるよりはまだお金はあるとは思いますが・・・」
それでも彼の資産は一気に減りすぎている。それは倉田にも簡単に想像ができた。
「専業トレーダーを引退するつもりはサラサラなかったよ。でも、相場自体が閑散としてきて期待も持てないのに、今までと同じ生活をしていては資産は減るばかりでしょう?・・・僕は、生活から変えないといけないって思って家賃も下げたところに引っ越して、また人生を大きく変えることになるんだ。32歳の頃だったね」
「・・・・ありがとうございます、話してくれて」
決して話していて気持ちの良いものではないし、自慢することでもないだろう。
なのに包み隠さず取材のために赤裸々に語ってくれるアカヤギに対して、倉田は深々と頭を下げた。
「・・・僕も、すみません。正直今日のこの食事とかもありがたいし、感謝はしているんですけど、心のどこかでアカヤギさんはお金があるし当然だって思っていたのかもしれません。どうやって今のお金を払ってくれているのか、想像できていませんでした」
倉田の謝罪に、アカヤギは静かに首を振った。
「ううん、君はしっかりと自分の夢を叶えてくれているし、記事にもしてくれてそれが面白くもなっている。それに、こうやって話すことで自分のことを見つめ直せるのは僕にとってもいい機会だよ」
しっかりと対価はもらっている、と優しく語りかけるアカヤギだったが、倉田はまだ頭を下げたままだった。
「それでも、です。まだ僕はアカヤギさんにちゃんとお返しできていません。それにお世辞にもお金に余裕があるわけじゃないので、今日のこの料亭のお値段なんて想像もできないです。・・・でも、いつかしっかりと、もっと形にしてお返しするので」
そう言って倉田はまっすぐアカヤギを見つめた。
「これからも、ぜひ、よろしくお願いいたします」
「・・・・こちらこそ。よろしくね」
アカヤギは優しく微笑みながらしっかりと倉田の言葉を受け止め、それでいて嬉しそうに頷くのだった。

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