自叙伝風小説29ライブドアショック編

「ライブドアは聞いたことがありますけど・・・」
確か何か問題があったはず、と倉田は一般人として知っているだけの情報を思い出していた。テレビなどでも顔を見ることが多い名物社長が経営している会社であり、何かよくわからないが逮捕されて刑務所に入っていた、と服役後のテレビで話していた。
それらを並べてみるとその情報で当たっていたようで、アカヤギも肯定の意を示す。
「今から十七年ほど前、株は結構盛り上がっていたんだよ。日経平均も上がっていて、テレビとか一般の新聞にも株の情報がたくさん出ていたんだ。もっとも、どうやって株をやるのか、というより大金が手に入るシステムだっていう紹介のされ方だったけどね?芸能人がいくら稼げるのかって企画があったり、バブル再来か、なんて言われたこともあったね」
「そうなんですね・・・!もちろん生まれてはいましたけど、その辺りのことは初めて聞きました」
その言葉に笑いながら、興味が無かったり子供だったら難しいよね、とアカヤギはフォローを入れた。
「そう、その筆頭でもあったのがライブドアだったんだけどね。粉飾疑惑事件が起こったんだよ。今でも有罪なのかどうかって議論は出るけど、実際に会社にも役員にも罰が降ったから事実として有罪になったんだ。ある会社を買収したかったライブドアが現金じゃなくて株で買収しようとしたんだ。八億だったみたいだけど、現金で買い取るんじゃなくて八億円分の株をあげるからっていう取引を持ちかけたんだ。・・・そして買収される側は現金がいいということで決着がつかなかったんだけど。とある投資ファンドが間に入ることでそれを解決したんだ。買収される側の会社の株と、ライブドアの会社の株を交換して、その権利を投資ファンドが買収される側の会社から買い取ったんだ。これでライブドアは株で買収ができたし、買収される側の会社は現金を手に入れられたんだ」
複雑な話でグラフを書きながら倉田は集中して話に耳を傾ける。
「実際のところは、その投資ファンドの出した現金ってライブドアのファイナンス部門が出したものだったんだよね。これだとライブドアが現金を出したのと同じでしょう?そこでライブドア社長から八億円分のライブドア株を借りて、買収の時に手に入れていた権利を返すという形を取ったんだ。その後投資ファンドは借りた株を上手く売って、結果として18億を手に入れて、ライブドアのファイナンス部門に返したっていう流れを作ったんだ。結果としてライブドアのファイナンス部門は八億出して十八億帰ってきたから十億円のプラスだったんだよ」
「・・・なんか、ドラマとかでみる相手を陥れる会社のバトルみたいですね」
小学生みたいな感想を恥ずかしそうに言いながら倉田がつぶやくとアカヤギも思わず笑い出してしまう。
「あはは、確かにね?・・・でも、ここまでは実は法に触れるようなことじゃないんだよ。・・・問題だったのは、その利益の十億円の扱いだったんだ」
「・・・扱い、ですか?」
「うん。そもそも株式をやる上で、株をもつ会社がやらなければいけないことに有価証券報告書の提出があるんだ。今はもう誰でもネットで見られるようになってるんだけど、その年の事業の動きとか、役員が変わった、とか売り上げがこれくらいでしたとかそれはそれは詳細に買いてあるから、今度見てみて?」
意外と面白いよ、とアカヤギはサイトの名前を書いたメモを倉田に手渡した。
「ライブドアの話に戻るよ?彼らはさっき言ったような方法で生み出した10億円の利益を、投資利益として報告したんだよね。実はこれが問題にされて・・・株を発行して資本金が10億円増えたのか、利益として10億円増えたのかっていうのは同じかのように見えて全然違うんだよね。・・・兎にも角にも彼らはこれで訴えられてしまってね。ライブドアのファイナンス部門は金融取引で利益を得る事業だから、今回得た10億円も投資による利益だから、有価証券報告書に利益として計上しても問題はないはずだという主張のライブドアと、自社株を発行して資金を増やしているだけであるため、本来は資本金として計上しなければならないっていう検察側の主張で揉めてね。結局投資ファンドは入ったけど自社株を売っただけだから利益じゃないだろっていうことだね。・・・そして裁判が進んでいくと同じような手口が他にもあるってわかったんだ」
「ああ、それで粉飾とかっていう記憶があるんですね」
倉田の記憶の片隅にある単語を引っ張り出すとアカヤギも頷いて見せた。
「そう、経常損失が約3億円だったらしいんだけど、自社株の売買の利益を売り上げとしてしまって、それが38億円近くあったんだ。さらには子会社となる予定の2社の預金をライブドアに付け替えて架空売上約16億円も足して約50億円経営利益がありますよっていうことにしてしまったんだよ」
「それは、また・・・正直額が大きすぎてピンとは来ないですが、ちょっと違いましたのレベルじゃないですね」
「本当だね。・・・そして実際有罪になって強制捜査になるんだけど、問題はここからなんだ。言い方は悪いけど、粉飾事件になって有罪になっただけでは僕たちに影響はないんだ。実際七年前に起きた東芝の粉飾事件では株にほぼ影響はなかったんだ。でも、その時は違った。さっき信用取引の話はしたでしょ?」
信用取引は今持っていない株を予約するような形で手に入れ売買することができるようになるというものだ。これによって持っていない資金があるかのように取引ができて利益が生み出すことができたり資本金以上に損失が生まれる可能性もあるというものだった。
「信用取引の追加説明なんだけど、さっき言ったように持っていない株で取引できるんだけど・・・これだけじゃあまりに簡単でしょ?ただ貸して失敗したから逃げられましたってことも考えられるからね。担保っていうのが存在するんだ。それは一部料金だったり株だったりなんだけど」
「ええ、と一部というのは借りている株の一部ということですよね。株が担保というのは?」
「そのまんまの意味だよ。持っている株を10割じゃないんだけど現金相当として預けることで信用取引ができるんだ。100万円分の株を持っているとしたら、これを例えばだけど80万円相当の担保として預けて250万円の株を信用取引として借りるっていうようにね」
さっきの話だけではあまりに無条件すぎるか、と今更ながら倉田は理解して頷いた。
「この株を担保にする場合に気をつけなければいけないんだけど、株価は常に価格が変わるものでしょう?例えば預けている株の値段が落ちたら、それもしっかり反映するんだ。・・・つまりね、100万円分の株を80万円相当として預けても、その株価が下がって60万円相当になるかもしれない。そうしたら足りない20万円を補填しないといけないんだよね。ここで、マネックス証券が取った対処が原因でね。ライブドアの株を担保として預けている人たちに対して、『担保としての価値がなくなった』と判断したんだ」
「え、それって・・・大問題じゃないですか!」
「そうなんだ。例えば預けていた百万円分のライブドアの株の担保がゼロになったと同義で、その百万円ぶんを補填しないといけなくなってしまった。それで資産を失ったり借金を背負うことになった人間は本当に多かったよ。しかもそもそもこんなことになったのはライブドア事件が原因でしょう?そのせいで株は連日ストップ安だったんだ」
そう言いながら言葉の意味が伝わっていないとすぐに察したアカヤギは補足の説明を入れた。
「しつこいかもしれないけど、株は常に価格が変わるでしょう?でも、それが行きすぎないように一日で上がったり下がったりする値段の幅が決まっているんだ。ストップ安っていうのは前の日の最後の株価から限界いっぱいまで値段が下がることを言うね。それが毎日毎日続いていたから、ライブドアの株を売りたくても売れない。売れても補填できるほどの現金にもならない。そうすると持っている他の株を売らなければいけない。でも、そうなる人がいるから他の人と同じ価格では売れない。だから値段を下げて売る、の悪循環でね。一気に株全体が落ち込み始めたんだ」
それを聞くだけで阿鼻叫喚だと倉田は顔を顰めた。
「株って証券会社を通すものでね、その証券会社は色々あるんだけど・・・ライブドア関連の株に担保の価値がないっていうのはマネックス証券だけの決定だったんだけど、1箇所が決めたら自分んお証券会社もそうするかもしれないって思うでしょ?だから他の証券会社で取引している人もこぞってライブドア関連の株を手放し始めたんだ。結果東証一部上場している銘柄の9割以上も値下がりしてしまったんだよ」
「・・・うわぁ」
ショックというのに相応しい事件だ、と倉田はさらにしんどそうな表情を浮かべる。
「事件前、ライブドアの株は6〜700円くらいを推移していたんだけど、事件があって最後には150円まで下がっていたんだよ。これは本当にすごいことでね」
もちろん悪い意味で、とアカヤギもつられたように暗い顔で笑う。
「600円の時って考えて、1000万円分持っていたとするよそれが250万円になるってことだね」
「よ、四分の一ですもんね・・・でも、実際数字にすると本当に怖いです」
「それでも売りたい人間が飽和状態で、ついには株の売買システムの処理可能件数に近づいたから全銘柄取引禁止っていう異例の事態にまでなってしまった。それが落ち着いてもライブドア関連株の取引は一日一時間っていう子供のゲーム時間みたいな制限までできてしまって・・・本当に影響が大きかったんだね」
そこまで聞いて、倉田は眉を顰めながらおずおずと質問をする。
「あの、正直バブルとかって僕は経験していませんけどなんとなく知っています。それに他のリーマンショックとかオイルショックとかも。でも、ライブドアショックって今まで知らなかったんですけど・・・影響が大きかったのに」
「・・・うん、それは多分株っていう皆があまり詳しくないジャンルだったっていうことと・・・あとは言ってしまえばたかが一企業の失態っていう話だったからかな?」
「え、でも影響は大きかったんですよね?」
「大きかったけど長続きはしなかったんだよね、幸か不幸か半年以内には景気も回復していたし」
「ああ、そういうことですか・・・」
それでも大きな事件に変わりはない。今まで知らなかったのが不思議なくらいだ、と倉田はメモをとりつつ帰ってから調べることを心に決める。
そして引っかかっていたことをアカヤギにぶつけた。
「あの、非常に聞きにくいんですけど・・・この話って、確かアカヤギさんが『株はそんなに簡単じゃない』っていうことで話しはじめましたよね・・・?それって」
聞きにくいが取材だから一歩踏み込まなければいけない。
倉田は申し訳なさそうに聞くと、アカヤギは音も立てずに静かに頷いた。
「・・・ライブドア関連で4000万、その他も含めて4500万円のマイナスだったよ。しかも、何が悲しいって、これ一日での損失だよ」
「・・・それ、人生を諦めてしまうほどの負債、ですね」
「実際そういう人間もいたみたいだね。トレーダーたちにあまりに影響が大きくて彼らがライブドア相手に集団訴訟を起こしたんだよね。僕ももちろん参加した。・・・まぁ、そっちは判決が五年後とかだったけど」
「そんなこともあったんですね!・・・ちなみに判決は?」
「僕たちトレーダーに合わせて百億以上の賠償金が支払われることになるよ。・・・でも、僕自身は半分近くしか帰ってきていないから、全額っていう人はいなかったんじゃないかな。それに五年後だったから、当時苦しい人の助けにはなっていない話だけどね」
確かにまだ五年後に半分帰ってくることがわかれば、まだ助けになった人はいるだろう。もっともそれでもその時点でのマイナスが大きすぎてそれどころではない可能性も大いにあるが。
しかもそれが本当に返ってくるかもわからないのだ。当時のトレーダーのことを考えると倉田は息が苦しくなる思いだった。
「本当に大事件だったんですね」
「うん、僕もS P Aに取材されたりしたくらいだからね」
「・・・そんなに大事件で、どうやって立て直したんですか?」
倉田は何度も同じように逆境にあっては乗り越えてきたアカヤギの話に期待しつつ、今度は前のめりに質問を投げかける。
だが、アカヤギはその質問自体合わないかな、首を振る。
「取材でも言われたんだけど、正直そんなに人生終わりだ、とか思っていなかったんだよ」
その言葉に信じられないと倉田は大きく目を見開いた。
「いや、一日で4500万円の損失ですよ!?そんなにショックじゃなかったっていうんですか!?」
「・・・うーん、もちろんショックだし苦しかったけどね?でも、今までの話を思い出してみてよ。株じゃなくて、僕自身の人生をさ。・・・いいことなのかはわからないけど負け慣れてるからさ、そこまで塞ぎ込むようなことはなかったんだよね」
あっけらかんと言い放ちながらアカヤギはそれに、と言葉を付け足す。
「一回でガン、と負けてまだいい方だと思うよ、僕はね。じわじわと勝機も見出せずに時間をかけながら長期的に負ける方がよっぽど辛いと、僕は思ってる」
なるほど、と口だけで納得の声をあげながらも倉田には理解ができなかった。とてもじゃないが自分ではそのマインドを真似できはしないと倉田は震えながらゆっくりと座り直す。
「そして、そう考えられていたからよかったのかな、すぐ僕自身もそのマイナスを取り返したんだよ。落ち込み切る前に取り返したからそこまで辛くなかったのかもね」
「と、取り返したって・・・4500万円ですよ?」
倉田には見たこともない金額だし、想像できない金額だ。実際はもちろん誰かの口座に入っているというのも見たことも聞いたこともない。
「うん、これは先日、株の話をするよっていう時に言ったと思うけどね。そこからするすると順調に勝ち続けて、三億くらいにまで増えたんだよ」
「三億っ!」
倉田は以前聞いているのにも関わらずテーブルに手をつきながら再び上体を乗り出してしまう。
「その場面で負けたのに三億も勝つんですか・・・いや、そもそもそんな大金稼ぐことの方が凄いんですけど・・・」
「うん、まぁ・・・大抵の人は直接その金額を見ることはないよね。一応一般サラリーマンの生涯年収も超えてる額だからね」
そう言うアカヤギの顔は誇らしくもあり、どこか翳りも見えた。
倉田からすれば三億を持っている方がいいかそうでない方がいいのかとは考えずともわかる問題であり、手放しで喜ぶことである。
税金がかかるとか言う悩みをテレビで見たことがあるがそれを差し引いても手元には自分より大量の金が残るだろう。それは心からの悩みではなく自慢的な皮肉の言葉に聞こえてならなかった。
彼に限ってそのつもりはないかもしれないがなんとなくその匂いを感じて倉田は苦笑いに変わり、ゆっくりと腰を戻す。
「嬉しくは、なかったんですか?」
「いや、それはないよ。お金はやっぱり大事だからね。自分でも体験したことがないくらいお金が増えて本当に嬉しかったのを覚えてる。調子に乗ったわけじゃないけど、生活も大きく変わったんだよ」
「と、言うと?」
「それまでの数年間友達もろくに作らずに、立地だけは良くて無駄に高い家賃のボロアパートで生活していたんだよ。たまにできる贅沢と言えば東京ドームに併設されたラクーアで一日読書しながら過ごすくらい。・・・でも、株で資産を手に入れてから家賃47万円の高級マンションに引っ越したし、思いつくような贅沢をするようになって、人とも付き合うようになった。本当に別人って言うくらいにガラリと人生が変わったんだ」
「まぁ、三億もあればそうなりますよね」
倉田の言葉にはどこか棘があるようにも思えた。
だが、倉田とてもし三億手に入れば良いところに引っ越して贅沢をするようになるだろうと言うのは想像にかたくなかった。
「・・・その事は素直に楽しかったし嬉しかったけど、やっぱり良いところだけでもないよ?」
倉田は想像していたような話になるのかと少し乗り気ではなかったが、聞かないわけにもいかない。促すように視線を送ると、アカヤギはまたゆっくりと話し始めた。
「人生を変えた気分になっていた僕は、本当に生活すら変わった。・・・それは転落人生に変わっただけだったのにね」

よろしければサポートお願いします!いただいたサポートはすべて他のクリエイターの記事の購入とサポートに宛てさせていただきます。