自叙伝風小説28株式投資編

回想

特に何か意識して情報を取らなくても、毎日ニュースでは同じようなことばかり流れている。I Tバブルが弾けて日本だけじゃなく世界はこんなにも大変だと不安を煽るようなものばかり。打ち子たちを雇ってある程度お金にも余裕が出てきたけれどアメリカに行く目処は立たない。なんだか閉塞感を感じる生活の中でそのニュースは僕の耳にもよく入っていた。
誰もがそれを話題にするときは後ろ向きな話ばかりなのだが、僕といえばそんなことはない。もしかしたら他の人とは違うのかも知れない。
やれバブル崩壊の影響はこうだ、株価が軒並み下がって経済危機だのさまざまな悪い言葉は聞こえてくるが、僕にとってはただただこの時代、チャンスだと思えてならなかったのだ。
そもそも古来より情報は宝だ。戦国時代では馬を走らせ一日でも早くと努力してきた人間は、通信技術を生み出した。
この崩壊したバブルだって元はと言えばパソコンが一般家庭にも届くようになったことが始まりだ。もちろん値は張るし誰しもが簡単に手に入るようなものではないが、それでもお金を貯めれば手に入れられるのだ、だと言うのに、いまだにパソコンを使いこなせない人間の方が多いのは、正直言って僕には理解ができない。
特に今僕が勉強を始めた株式だ。皆昔から続く伝統だとばかりに朝一で証券会社に行き、株価ボードの前で立ち尽くす。そしてそれは都会人の特権だとやっかみながら田舎に住む人間は株式新聞を握りしめ、もう片手には証券マンにすぐ電話をできるようにと電話の子機を握りしめる。
何もそれが悪いとは言わない。が、遅れているのも確かだ。
大昔に比べれば進化したであろう新聞やテレビという情報。だが、それはどう言う仕組みで自分たちに届いていると思っているのか。
新聞は記者が情報を集めたらまず文字化して印刷にかける。号外などという緊急に出せる体制はあるが、それでも印刷して部数を揃え、配る人間が出てきて、さらに自分が受け取りに行って初めて情報が手に届く。
テレビだって同じようなものだ。もちろん新聞よりは進化しているのだろう。生放送というものがあるのだから、確かにリアルタイムの情報に思えるかも知れない。
だが、それだって何かあった時まずその情報がテレビ局の人間に行き、放送ができるかの手続きをして届けられる。もし株の情報だとしたら、そのテレビ局の人間より情報を受け取るのは圧倒的に遅い。その時点で大きく不利を背負うことになってしまう。
その点ネットというのはそれらと比べ物にならないくらいに早い。
何か情報が出たら、それを文字で打つだけで調べれば見ることができるからだ。
もちろんライターという人間がいればそれに情報の速度は負けてしまうが、新聞やテレビほど差はないのだ。
戦ではないが、同じくらいに情報が大事な株の世界だ。パソコンを使うメリットは余りあってもデメリットはないと思うのだが、それでも使う人間が少ないというのは本当に理解ができない。まぁ、自分に有利な環境だから存分に利用はさせてもらうのだが。
「さてさて・・・」
僕は今日の勉強を切り上げてパソコンを立ち上げる。株の情報を拾うのは初めてではないが、今日は少し意味が変わっており、自分でも少し緊張しているのがよくわかった。
しっかりと事前に勉強をしておいた僕は、今日いよいよ初めて株を買うのだ。
どうなるのかは誰にもわからない。だが悪い結果にはするつもりは、もちろん無い。
初めては情報が整っているのかもわからない。だから今まで自分が学んできたことが正しいのか実践できるチャンスでもある。ビデオポーカーやブラックジャックのように自分で考えて成功するのは気持ちがいいことは知っている。そして人生百戦百勝というわけではないが、しっかりと勝ちも知っている。
決して無謀な挑戦では、ないと思う。いや、そう思いたいだけかも知れないが。
兎にも角にもまずは少しでも自信を持って買いたい、という理由からパチスロ系の株を狙っていた。実際打つ人間の情報は他のトレーダーよりは持っているつもりだ。打ち子ももちろんだが、元はと言えば僕だって自分で生活のお金を稼ぐために打っていたのだから。
だからどの台がどの会社で、どんな雰囲気なのかはよくわかっているつもりだ。
すでにもう狙っている企業もある。それは有名な会社であるしパチスロをする人間であれば絶対に聞いたことがある会社だ。僕は昔からその会社の台をよく知っているが、大体二回くらい新台で失敗してはそれを取り返すくらいに良い台を生み出す会社だ。
そして、今打ち子を管理する中でその会社の台は座らせていない。もう二回分新台に騙されているのだ。
今までの自分であれば「まぁ次の台が来るまで違う台でも打つかな」程度に思っていたのだが、こと株においてはそういうわけにもいかない。
新台の情報はまだないがそろそろのはずだし、考えが正しければまた人気になってどのホールでも奪い合いになるはずだ。
だからこそこの会社の株を買おう、と決めて僕はパソコンを開いたのだ。
そしてその緊張が解れないうちに、あっという間に僕は株主になってしまった。
正直な感想は、あっという間すぎて抱く暇もない。
これで正しいのか、今までやってきたことを振り返ってるうちに終わってしまった印象だ。
今まで勉強してきた中では株を買う手続きはもっと面倒くさいはずだ。とは言っても当たり前なのだが。
なぜならその本や周りの大多数は株の情報を新聞なんかで手に入れ、取引をするとなれば証券マンに電話して手続きをしないといけない。
だが、パソコンを使う僕は情報を見ながらワンクリックであっという間に取引ができる。
緊張して不安に苛まれる時間なんてないくらいに、あっさりとだ。
手続きだけでパソコンとそうじゃない人では十倍も差が出ることも理解している。ただでさえ情報はパソコンが有利なのに、手続きでもこんなに時間の差があるのならば言わずもがな、だ。
例え同時に情報を手に入れても先に動けるのはパソコン、というわけだ。
そうして僕はトレーダーとしての第一歩を踏み出した。これがどうなるのか、神のみぞ知る、と言ったところだろうか。


「当時は本当にどうなるかわからなかったからね。間違っているのか正しいのかもわからない・・・。うん、よく勉強とかでも最初のうちはそうだと思うけど、わからないところがわからない、と言った状況だね」
「まぁ、そうですよね・・・。なんでもそうですけどさらに株なんてとっつきにくいと思います」
「ああ、でもね。正直その時期は、国が株式を推奨していた時期だったと思うよ?」
どういう意味か、と倉田がノートを構え直すとそれを見届けてからアカヤギは懐かしむように頷いた。
「今は株って税金が20%と少しかかるんだ。配当金も売買したお金にもね?・・・当時はその半分の約10%だったんだよ。国の政策でね」
「後出しですけど、今聞くとチャンスだと思えますね」
「ふふ、もちろんチャンスだと思ったからこそ僕はしっかり事前に勉強もしていたけどね。それでも通用するのかどうか・・・。実践の知識と机上の空論は別だから」
倉田は先を聞きたい気持ちがありつつもどうしても気になって少しだけ上体を乗り出してしまう。
「あの、この間聞いてしまったんですが、その株で勝ったということですか?」
以前に株の話をする、と予告してもらった時の金額が耳に残っていて、倉田はついつい問いただしたのだが、アカヤギは気にしていないかのように微笑みながら軽くグラスに口をつける。
「うん、読みは正しかったのか、運が良かったのか・・・。とにかく僕はそのパチスロの株を買ったんだけど、あっという間に株価が倍になったんだよ」
「ば、倍ですかっ!?」
「ふふ、うん。・・・やっぱり間違っていなかったっていう喜びと、同時にこれはいけるぞ、と思って全財産を株に突っ込んだんだよ」
今思えば怖い話だけど、と笑いながらアカヤギは事も無げに話し続けた。
「打ち子で貯めたお金と最初の株で儲けた分・・・1500万くらいあったんだけど全部入れた」
「1500万!?・・・最初がうまくいったとはいえ、よくそんなにできましたね・・・!いや、そもそもそれだけの軍資金を用意するのもすごいんですけど」
倉田は自分には真似できない、と目を見開いていた。自分であればまず百万、いやそれでも負けるかも知れないことにかけられるだろうかと妄想を走らせる。
だがそもそもギャンブルで生活費を稼ぎ、アメリカまで行ってギャンブルで勝負してきた彼の考えは常人である倉田には理解できるはずもなく、ただ驚くだけに終わってしまうのだが。
さらに、話についていけていな倉田にアカヤギはなんでもないことだとばかりに追加の話を繰り出す。
「半年くらい経った頃にはそのお金も一気に増えて、一億弱になったんだよね」
正確には9700万円くらいかなぁ、と呟く姿に、倉田は金魚のように口をパクパクさせることしかできなかった。
「・・・なんだか、この世の話とは思えないですね・・・!やっぱりアカヤギさんはすごいです!いっつも最後には勝ってるんですもん!」
興奮気味に話す倉田だったが、それの反応はいつだかと同じアカヤギの楽しそうな笑い声だった。
「ふふ、僕もそれには舞い上がったよ。当時一億近く稼ぐなんてなかったからね。だから専業トレーダーになるんだ、なんて調子に乗ってさ。打ち子も解散して信用取引を始めたんだ」
「ええと、信用取引って・・・持っていない株で売買すること、でしたっけ?」
よく覚えてくれたね、とアカヤギは嬉しそうに頷いた。
「うん、自分の持っている株とか財産以上の取引ができるから一気に稼げると思っていたんだけど・・・」
「・・・だけど?」
「半年くらいかなぁ、一億稼いだのと同じくらいの期間だったと思うけど。あっという間に資金が元に戻っちゃったんだよ」
何気なく話すが倉田には想像もできない金額が簡単に減ったり増えたりするような話で、倉田も疲れたように聞いて笑っていた。
「その時って、どうだったんですか?元に戻ったってことは・・・1500万円もまだあるんですよね?また勝てる、って思ったんですか?」
倉田のその質問にはそう思っていて欲しいという気持ちも含まれていたのだろう。
しかし、アカヤギは初めて切なそうに軽く目を細めた。
「・・・これは、トレーダーにしかわからないかもしれないんだけどね?確かに君の言う通りまだ1500万円くらいはあった。株を始めた頃から見るとプラスだ。パチスロの株で増えた分があったからね。・・・。でも、正直悲壮感に打ちひしがれたんだよ」
もちろん諦めるつもりはなかったけど、と付け足しつつもアカヤギの表情は明るくなく、当時の気持ちを思い出していることは明らかだった。
「冷静に・・・関係ない人が聞くと『いや、資産自体は減ってないでしょう』って言われると思うんだ。実際マイナスにはなっていないんだけど・・・でも、一億近くあったはずなんだよ。それが消えてしまった気持ちとでもいえばいいのかなぁ」
「はぁ、なるほど・・・まぁ確かに理解できなくもないですけど」
倉田の正直な相槌にアカヤギは頷いた。
「その時売っていれば確かに一億あったのに、気がついたら何も無くなってたから、そう言う意味での喪失感かなぁ」
「程度は低いですけど、昔父がしばらく前にかった宝くじを見つけたことがあって、調べたら三万円当たってたんですよ。でも交換期限過ぎててただの紙切れになってたことがありました。その時もものすごく損した気分だって言っていたんですけど・・・それも別にマイナスにはなってませんよね」
しかもアカヤギの場合は一億だ。そう考えると喪失感という表現も間違ってはいないのだと思い知らされてしまう。
「もちろんさっき言ったみたいに諦めるつもりはなかったよ。・・・というより今更後戻りはできないし何より悔しいって言う意地みたいなものかも知れないけどね。そこからはスイングメインだったのをスキャルピングを取り入れて、っと」
ここはまだ説明していなかったね、とアカヤギは咳払いしてからまた授業のように話を変えた。
「株を売買するのにみんな自分にあったスタイルっていうのがあるんだ。大きく分けて四つだね」
スキャルピング、デイトレード、スイングトレード、長期保有。
一つ一つ指をたてながらゆっくりと説明し始めた。
「これは売買する期間を言うんだ、もっともきちんと何か定義があるわけじゃないんだけどね?」
短いものから順番になっており、スキャルピングは秒単位から分単位の非常に短期間で売買を繰り返し利益を出すスタイル。デイトレードは数時間から一日。スイングトレードは数日から数週間。長期保有はその名の通り数ヶ月から年単位で取引をすることを指す。
「株価は刻一刻と変わる、というのは聞きましたけど。秒とか分で利益が出るものなんですか?」
「うん、想像してもらえればいいんだけど、例えばだけど十円の利益だとするでしょう?でも取引に一分かかるとしても、かける60で600円の利益が一時間で出るでしょう?しかも今はたまにあるけど株って一株で取引するものじゃないから・・・千だとしたらさらにかける千だよ?時給6000円って考えれば全然生活に不自由はなさそうでしょ?」
実際は負ける時もあるし株価は銭で動くけど、と付け足しながら説明を続ける。
「一応一番難易度が高いと言われるのがこのスキャルピングなんだ。チャートの動きを分析してトレンドを瞬時に分析する能力と、素早く売買するテクニックも必要になるから・・・あとは利益と損の判断を早くして迷わないとか・・・このあたりはまた倉田くんが興味を持ったら教えてあげるね」
そう言いながらアカヤギは微笑んだ。
「もともと僕はスイングトレードをメインにしていたんだけど、スキャルピングも取り入れてね。そのおかげでまた新興バブルが来た頃には順調に億を稼げたんだよ」
ほんの十分ほどの会話の中でもアカヤギは億を二度稼ぎ、しかも一度失っている。
株の凄さと、彼自身のすごさ。そして株の怖さも十分に詰まった内容に、倉田もいつの間にか楽しんで聞いていた。
「もちろんしっかり億を稼げたことも嬉しかったけどね。その時の僕は一度失っているから、またこのお金がすぐ無くなる可能性があると知っていたから、手放しでは喜べなかった」
話しながらアカヤギはまたうん、と何かに気がついたように頷いた。
「・・・トレーダーってそういう人種なんだと思う。というか、そういう人間が向いていると思うし、そうじゃなくても株を続けていればそういう傾向になっていく気がするなぁ」
それでいえばね、とアカヤギはクスクスと可笑しそうに笑いながら倉田を見つめる。
「トレーダー仲間、というか周りの人間を見ているとね、毎日と言っていいレベルで引退宣言が飛び交うんだよ。側から見ると、もうやりたくないとか失敗したとか見ると不幸そうに思われるかも知れない。でも、トレーダーには何より大きな報酬がある」
「・・・大金、ってことですか?」
「うーん、それは副産物かなぁ。もちろんそれも嬉しいけどね?・・・何より、全部不労所得収入ってところだと思っているんだ。もちろんパソコンに張り付く時間も必要だし知識も資金も必要。でも、毎朝満員電車に揺られて夜遅くまで働いて、っていうことをしなくてもいい。自由な生活で、しかもそういう人たちよりも多く稼ぐことができるかも知れない。そういう報酬が何より大きいと思うんだよ」
名言だ、と嬉しそうに倉田はノートに文字を走らせ、ぐるぐると赤ペンで目立つように囲んだ。
「これが前言っていた話ですか?億とか勝ったり負けたりとかって」
十分すぎる話だ、と倉田は嬉しそうに話すのだが、アカヤギはまた含みがある笑みを見せる。
「・・・そんな順調にいくほどトレードは甘くないんだよ。ライブドアショックって、わかる?」

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