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雨の登山でヘロヘロの中、常念小屋で飲んだホットミルクは最高だった

僕は中高と6年間登山部に所属していたが、登山を気軽な気持ちで楽しみだしたのは大学生からだった。それまでの中高の登山も楽しいは楽しかったが、「気軽」ではなかった思い出だ。

大人の登山はいい。電車・バスでなく車で移動するので、自由気ままに予定が変えれる。キャンプファイヤーを囲んで酒を飲みながらゆったりするのも、大学生になってから知った娯楽だ。そしてなにより、雨だったら諦めて中止できるのがいい。

今回のかきあつめのテーマは「温かい話」だ。温かいで思い出すのは、酒を煽りながら暖まったキャンプファイヤーもあるし、登山最終日に入る温泉もサイコーに気持ちよかった思い出だ。ただ、「温かい」で一番印象的なのは『中3の夏合宿で常念小屋で飲んだホットミルク』であった。

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僕の所属していた登山部では、夏合宿として8月に日本アルプスにテントで連泊するのが恒例だった。

例年の中学部の夏合宿はまだ体力のない中学1年生もいるので、難易度の低い3泊程度のベースキャンプ(テントをテント場に置いて、軽い荷物で山頂を目指す)をするのが慣例であった。僕が中学3年の代は部員構成が高学年の割合が高いことと比較的体力のある人間が多かったことから、難易度を上げて北アルプスの縦走(テントを担いで山頂を目指し、尾根伝いにテント場を移動する)をすることとなった。

ルートは燕岳登山口から合戦小屋を通って大天井岳-常念岳-蝶ヶ岳を縦走し、徳沢キャンプ場に抜けるルートだったかと覚えている。今考えると2泊3日のそんなに大変でないルートだが、中学生を十数名連れて登るとなると、3泊4日の余裕を持った日程だったか。中学3年で年長だった僕は、テントを担ぐリーダーの1人として、中学1年生と2年生の後輩を率いていた。

15年以上前なので細かいところはとうとう忘れてしまったが、あの年の合宿は4日間すべてが大雨で辛かったのだけは、よく覚えている。

雨の中の登山は辛い。それが連日となるとなおさらだ。それなりにしっかりしたレインウェアと登山靴を用意していても、こう初日から大雨だと浸水してグチャグチャになる。晴れていれば眺望を楽しみながらワイワイ歩くのだろうが、水を吸って重くなったテントを背負う部員に喋る者はいない。これが初めての夏合宿となった1年生には、すでに不憫な気持ちになっていた。

初日も全行程が雨の中なんとか歩きつづけ、僕らは2日目の目的地である常念小屋のテント場についた。常念小屋は標高2,450mにあるテント場が併設されている山小屋であり、天気が良ければ展望がいいことで有名な場所であった。もちろん、悪天候なので展望など気にする部員はいなく、雨の中ザックを開きただ黙々ととテントを建てるのだ。

テントの中に入るとしっとりと湿った寝袋を出す。全員の靴下が濡れているが、もう替えの靴下はない。晴れていれば外に出して荷物を干したり、そのへんをブラブラするのだが、雨の中なので小さいテントのなかに歩きくたびれた3人が、その臭い靴下をそのままにしながら夕飯の準備に取り掛かる。そう、僕らは疲れ切っていたのである。淡々とマズイ飯を済ませ、全身が若干濡れた状態で寝袋に突っ込み早めに寝た。外の風が強くなるのを感じていた。

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夜中の12時を過ぎた頃だったか。暴風の轟音の中、「片山さん、起きてください!」と後輩のT(中学2年)から起こされた。

「ペグが飛んでしまいました!」

ペグとはテントとフライ(テントの上に覆う雨よけのカバー)を固定するために地面に打ち込む金属なのだが、強風で抜けてしまったらしい。起きるとフライが外れたところから雨が浸水して寝袋が濡れていた。中学1年のMも暴風に不安が隠せていない顔だ。

「俺が直しに行く!」とレインウェアを着て外に出ると、すごい風と雨だ。後輩のTをテントの中に待機させないとテントごと吹き飛ばされるのではないかという強風のなか、なんとかペグを打ち直してテントに戻る。そうすると次はその強風でテントのポールがひしゃげるので、テントの対角線に座ってポールを支えるように寝袋に包まる。2~30分もしないうちに再度ペグが飛ぶのを直しに外に出るということをしていたので、とうとう靴を履いたまま濡れている寝袋に包まって、ただ豪雨の中を耐えしのぐ時間を過ごした。

翌朝、日の出頃に風は収まり、天気は小雨になった。もともと4時に出発する予定だったが、教員は予定をスライドすることにした。他のテントも同様に全く寝れていない状況だったようで、あるチームは凹みにテントを立ててしまったがために気づくとウォーターベッドばりに水が溜まってしまい、豪雨の中テントを移動する羽目になったそうである。

僕らは正直全員マイッており、流石の悪天候に教員は常念小屋に避難することを許可した。

実は、これは僕らにとって初の山小屋体験であった。常念小屋は宿泊もできるので食事や飲み物も充実しているのだが、『自分で担いできたものしか食べてはならない』、『テント泊こそが美徳』と思い込んできた僕らは、教員から山小屋で休んで良いこと、そして飲み物を頼んで良いことに驚愕した。

標高2500メートルを超えると8月であっても平均気温は10℃近くになる。雨に濡れている僕らは山小屋に入り、ストーブのある休憩部屋に通された。確か引率の高校生の先輩が『ホットミルク』を頼んだので、僕も同じものを頼んだのだと思う。普段から牛乳は飲むものの、山小屋で出てくる「ホットミルク」とやらがどんなものか分からなく、なんとなくそれにした。出てきたのはマグカップに入った砂糖入りの温かい牛乳だったのだが、ひと口飲んだときの感動は凄かった。あの時の全員の顔を覚えている。大げさに聞こえるが、僕らは全員これを飲んだとき「助かった。」と思ったのだ。

その白い飲み物は雨に濡れて朝まで震えながら耐え忍んでいた身には滲みすぎた。温めた牛乳とはこんなにも温かく、ウマいものだったのかと。

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常念小屋には午前中いっぱい過ごしたのだが、楽しかったのを覚えている。その年の夏合宿の写真は、ストーブの横で完全に横になっている部員の写真や、絵画の雑誌の裸婦像のページを皆で覗き込んでいる写真だったりと、常念小屋でくつろいでいるものが多かった。以降の行程もほぼ雨でキツかったので、もしかしたら笑っている写真はすべてホットミルクを飲んだ直後のものかもしれない。

高校に入ってもこれ以上つらい夏合宿はなかったし、これまでの人生であのホットミルク以上に温かく、身体に染み渡る飲み物はなかったと記憶している。

あぁ、寒くなると飲みたくなるホットミルク。常念小屋のホットミルクは恐らく今も登山部の中高生を救っていることだろう。

記事:アカ ヨシロウ
編集:香山由奈

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