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ウイルスの構造と増殖のしかた

私は大学で生物学を学びました。社会人入学だったこともあり、意欲的かつ熱心に学んだつもりです。また、再就職後は神経科学の研究所で研究もしてきました。このため、ウイルスについては一般の方々よりは詳しいつもりです。それでも「このくらいは誰でも知っているだろう」と思っていたことが、意外と知られていないことに気づくこともあります。

世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るい、日本の都市圏を中心に爆発的に感染者が増加する心配が出てきています。このような中、相手(ウイルス)のことをあまり知らずに恐れるのと、知って用心するのとでは話が全く違ってきます。知らずに恐れている状態では、何が正しい情報で何が正しくないかを判断できません。時には過剰に反応してしまうこともあれば、無関心な行動(不適切な行動)を取ってしまうこともあるかもしれません。

そこで、私はウイルスとはどのようなものかについて記事を書き始めました。最初は、ウイルスのサイズについて「生き物大きさ比べ」という別の記事でウイルスの小ささを書いたところです。

この記事ではウイルスがどんな構造になっているのか、そして、どのように増えていくのかをわかりやすくお伝えすることにします。少しでもウイルスの理解につながれば幸いです。

[おことわり]私は医師でも看護師でも薬剤師でもありません。したがいまして、病気の診断、治療、看護、処方、調合、薬といったことには知識も経験もありません。この文章でお話することは、あくまで「自然界」のことを対象にした一般的な事柄です。
[イラストの著作権]本記事で使っているイラストは全て Faneg factory (ファングファクトリー)さんの作品(著作物)です。フリー素材ではなく、許可を得て利用させてもらっております。ご協力くださった Faneg factory さんに感謝いたします。

1. ウイルスの構造

(1) DNAとRNA

ウイルスは遺伝情報を持っています。ウイルス自身が増殖するための設計図が遺伝情報です。人類と同じくDNA(デオキシリボ核酸)という物質を使い、遺伝情報を保持しているウイルスもいます。一方、RNA(リボ核酸)という物質を使い、遺伝情報を保持しているウイルスもいます。DNAとRNAとは構造(分子の種類や結合の仕方)がほとんど同じです。それらの構造を図に書き表すと、下のような二重らせんの形となります(2本のDNAがらせん系となったもの、または2本のRNAがらせん系となったもの)。

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コロナウイルスの場合は、遺伝情報をRNAで保持し、二重らせんの形ではなく、1本のRNAを使って遺伝情報を保持しています。

(2) 入れ物

ウイルスはRNA(またはDNA)を「入れ物」に入れた構造になっています。入れ物は、タンパク質でできたパーツ(分子)をたくさん集めて紙風船のようになっています。下の図はポリオウイルスの構造です。青、黄、赤で示したパーツを組み合わせた入れ物になっています。その中に、紐状(図では赤)のRNAが入っています。このように「遺伝情報を入れ物にいれたもの」がウイルスなのです。

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別の例として、西ナイルウイルスを紹介します(下図)。このウイルスの場合は、タンパク質の入れ物の周りが、更に脂質でできた膜)で囲まれており、多数の(タンパク質でできた)突起もあります。コロナウイルスも西ナイルウイルスに似た構造で、膜や突起を持っています。

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以上をまとめますと、ウイルスは、「遺伝子(RNAまたはDNA)をタンパク質や膜が取り囲む」というシンプルな構造をしています。後述するように、増えるためのしくみもありません。

ウイルスは単なる物質の集まりであって、ウイルス単体では生命とは言えません。科学史上、ウイルスが発見される過程では、ウイルスという言葉は「毒素」という意味でした。

少し実用的な話になりますが、みなさんは手が油で汚れた場合どうしていますか? おそらく石けんなどで手を洗うと思います。水洗いだけでは油は落ちませんからね。コロナウイルスを構成する脂質の膜はですので、水洗いだけでは手から落とすのは難しいです。それで、石けんを使い、膜を石けんで溶かしてしまってから(そしてウイルスは構造がバラバラになって)、洗い流せるようになるわけです。

2. ウイルスの増殖

(1) 自分では増えることはできない

ウイルスは自分自身では増えることができません。増えるためには、遺伝子(RNAやDNA)を増やす(コピーする)ための酵素や、タンパク質を作るための酵素が必要です。また、酵素が働くための(物質を化学反応させるための)場所が必要です。ところがウイルスにはこれらの酵素や場所も持ち合わせていないため、自分自身を増やすことができません。

ヒトを含めた多細胞生物や、ゾウリムシや酵母菌は「細胞」でその体ができています。その細胞には、DNAを保持している「」という構造があります。核の中にはDNAがあり、DNAをコピーしたり、DNAの情報を元にしてタンパク質を細胞という場の中で作り出して、生きていくために必要な物質を用意しています。こうして、細胞は細胞自身を作り出し分裂して増えていけるようになっています。

(2) ウイルスが増えるしくみ

ウイルスは自身では増えるためのしくみが無いため、他の生物の細胞が持っている「増殖のしくみ」を拝借します。下図にその様子をまとめます。

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まずウイルスは、最初のプロセスとして細胞にくっつきます。どこにでもくっつけるわけではなく、細胞が持っている特定の受容体(本来は細胞がホルモンを受容したりして生きるために利用している)に結合します。結合できるような突起をコロナウイルスなどは持っているのです。

受容体の分子構造(分子の種類やつながり具合)は、生物の種ごとに異なるため、ウイルスもターゲットとする種の受容体に合わせた突起を持っています。このため、ヒトの細胞にはくっつくことができても、イヌの細胞にはくっつくことができない、ということになります。このため、ウイルスはどの種に感染できるかが決まっているのです。

細胞にくっついたウイルスは、次に細胞に融合できる状態となり、細胞内に入り込み、自身の遺伝子(RNAやDNA)を細胞内に潜り込ませます。上の図でウイルス内部の赤い紐状のものが遺伝子です。

遺伝子があれば、細胞は機械的に遺伝子を増やしたり、遺伝子情報からタンパク質を合成したりしますので、細胞はウイルスのものとは知らず、ウイルス遺伝子を増やし、ウイルスタンパク質をせっせと合成します。こうやって作られた、ウイルスの遺伝子やタンパク質は自然と組み立てられて、ウイルスの構造となります。

細胞内で作られたウイルスは細胞の外に出てきます。この数がすさまじい数で、細胞はエネルギーや物質の多くをウイルス製造に費やして死んでいくことになります。

(3) 鎧と図面

蛇足かもしれませんが、鎧の図面があれば「甲冑師は鎧を作ることができる」という例え話をします。

下の写真は、高山市で見かけた忍者鎧です。飛騨忍者のものなのでしょうか。では、この鎧の中に鎧の図面が入っているとしましょう。図面がウイルス遺伝子で、鎧がウイルスの周りのタンパク質や膜に相当します。

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この鎧を甲冑師の工房にそっと置いておくと、中の図面を元に甲冑師は鎧を作ることができます。図面もコピーして、作った鎧に入れるものとします。

工房は組織だって機能しているのですが、ここでは細胞の例えなので、甲冑師達はそっと置かれたものかどうかは区別することなく、図面があれば甲冑を作り続けるように仕向けられているのです。

すると、いつまでたっても鎧造りは終わることがなく、精根尽きるまで鎧製造の無限地獄に入り込みます。精根尽きたところでその工房はダウンしてしまいます。

この時、既に鎧はたくさんできていますので、(体内のウイルスは体液や血流で運ばれますが)、鎧は他の工房に流れ着いて、またその工房で大量に複製され、その工房もダウンします。この連鎖が続いていき、最終的には大量の鎧が残り、工房が全滅した世界が訪れます。

ハッピーエンドな話ではありません。ウイルスの増殖とはそうしたものなのです。

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