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ピンク色が目立った理由 フィリピン「二つのコーヒーの世界」の溝はうまるか

きょう5月9日はフィリピン大統領選挙の投開票日だ。

集会がひらかれてきた選挙運動の期間中、マニラではピンク色の服を着た人をたくさん見た。

ピンクは、いまの副大統領で、大統領選に出馬したレニ・ロブレド氏のテーマカラーだ。モデルや著名な芸能人らもピンク色の服を着て、「レニを支持します!」と次々に表明した。

ピンクの熊で有名になったロブレド支持者

集会にもたくさんの人が集まった。
支持者の女性はこんなふうに話していた。「レニの支持者は教育をうけた人も多く、マルコスが過去に何をしたのかよくわかっています。レニがコロナ禍でどんな活動をしてきたか、漫画をつくってボランティアで家々を訪問して配り、伝えて歩いてきました」

支持者が配布して歩いたロブレドの漫画

あちこちで見るピンク色の勢いはものすごく。
もしかして、優勢がつたわるボンボン・マルコスに勝っちゃう? 
そんなことまで感じた。

ところが、民間調査機関パルスアジアの4月の世論調査を見ても、ロブレドの支持が伸びない。9日夜現在の途中発表でも、大差をつけられ、ボンボン・マルコスが圧倒的勝利をおさめそうだ。

そうか、あのピンクは……。

ところで、
わたしにはフィリピンに二つの世界があるように見える。
「インスタントコーヒー(スリーインワン)の世界」と「いれたてコーヒーの世界」だ。

先日、近所の通りを歩いて、「あっスリーインワンの世界だ」と思った。
道の両脇にびっしり家が並び、水浴びをして子どもたちが遊んでいる。
サリサリストア(雑貨屋さん)には、砂糖とミルクがはいった「スリーインワン」と呼ばれる甘いインスタントコーヒーが売られている。コーヒーもシャンプーもミロも、小分け袋をはさみで切って少量ずつ、必要な分だけ買うことができる。

コーヒーやシャンプーも買えるお店

「スプライトください」と頼んだら「10ペソ(約25円)です」と、びんの中身をビニールに入れてくれた。昔とかわらない、なつかしいフィリピンの庶民の風景。決して貧しさにあえいでいるわけではない。でも、ものすごいぜいたくもできない、昔ながらの大衆(マサ)のくらしだ。

袋入りのスプライト

でも、久しぶりにフィリピンにくらして、別の世界がむくむくと育ったんだなあ、ということを実感した。いわゆる中間層、豆をひいた「いれたてコーヒー」を飲めるひとたちの世界だ。

スプライトを飲んだ通りから、ほんの壁一枚こちら側にあるショッピングモールでは、きれいな犬を連れて買い物に来た人たちがケーキを食べ、スタバでコーヒーを飲んでいる。

ロブレドの支持者に「イベントがある」と聞いて、指定されたマカティ市のショッピングモールに行って、さらにびっくりした。おしゃれな雑貨や高級服の店がならぶモールで、お客さんがイタリアのエスプレッソを飲んでいる。ピンク色の服をきたロブレド支持者たちが、ここを行進し、支持をうったえるのだという。
すごいところでやるな、とちょっと驚いた。

マルコス支持者は大衆。
ロブレド支持者は教育を受けた余裕のある人たち。

おそらくふたをあけてみると、そうとは限らないのだと思う。だけど、すくなくとも多くの国民はそのようなイメージをもっているみたいだ。

ピンクの服もよく売られていた。買える人が多いから?

熱烈なマルコス支持者の友人の家は、海外からの仕送りもあって、余裕のあるマサの家庭だ。フィリピンで一緒にマルコスの集会に行き、ごはんを食べているとき、友人がこんなことをぽつり話すのを聞いた。

「かわいそうだよ。貧乏な人たちは掃除の仕事とかでお金ももらえない。大学もお金がないと入れない。お金持ちはリベラルでいられるよ、だってオリガーク(支配者)だから、今までと同じほうがお金持ちでいられるでしょう」

マルコス元大統領はすごいビジョンをもっていたと熱く語るお姉さんに、「ボンボンが大統領になったら公平な社会になると思うの?」と聞くと、「そう信じてる。30年もさんざん悪口をいわれてきて、いまさら悪いことできないと思うよ。みんな見てるじゃん」

お姉さんのマルコスに対する考えは賛同できないものもたーくさんあった。たとえば、「マルコスはもともとお金持ちなだけで、国のお金を盗んだわけじゃない。むしろ盗まれたんだ」とか。

でも、貧しい人や、浮き上がれない人たちがいる社会をなんとかしたいという思い。それには、誰か(彼女の場合はマルコスなのだが)が力を発揮してくれるかもしれないと期待したい気持ちは、わかる気がした。

フィリピン人の知人の中には、こんなコメントをフェイスブックにのせている人もいる。

「なぜマルコス支持かって?レニがいやなの!」

レニ・ロブレドやその支持者が象徴する(あるいは象徴するよう仕向けられた)オリガーク、お金持ち、「教育を受けた」人たちの話はもう聞きたくない。
いつまで、この格差を無視するつもりなの?
いつまで自分たちだけおいしいコーヒーを飲んでいればいいと思っているの? そんな叫びにもみえる。

5月7日の集会でマルコス・ドゥテルテグッズを買う人たち

マルコス支持の広がりには、いろんな背景がある。

いま一つわかるのは、ピンク色の服は「着やすかった」のだろうな、ということだ。自分は教育をうけた、余裕のある人間ですという象徴だったから。じっさい選挙集会以外では、マルコス支持をしめす赤い服を着て歩いている人はほとんどみかけなかった。「口に出さないけれど実はマルコス支持という人がたくさんいる」。フィリピンの友人からそう聞いた。

「正しい」「そうあるべき」だとみえることが、人々に選ばれるとは限らない。それは、アメリカのトランプ大統領の誕生や、イギリスの欧州連合離脱(ブレクジット)などでもう学習済みのことだ。

「いや!」という思い、確執、分断は言葉で説明しきれないものがある。

さて、この話でいちばん皮肉なのは。
たぶんボンボン・マルコスは「スリーインワンの世界」に一度も身を置いたことがない、ということだ。

ロブレド支持をひろめてきた若いボランティアの人たち

選挙戦の勝者となりそうなマルコスも。
若者を中心に草の根の運動をする人たちの力を引き出したロブレドも。
めざそうとしてきた「ユニティー(統合・融和)」「すべての人によりよい暮らしを」をどう実現していくのか。

黄色、ピンク、赤、コミュニスタ、オリガーク、独裁者の息子……。

相手にラベルをはってののしりあい続けるだけでは、この溝をうめ、前に進んでいくことはできないのだろうな。

そこを乗り越えないと、次は、国民は何を信じてしまうかわからない……。

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