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【シンガポール 14日間ホテル軟禁日記】#21_最終回 学んだこと・考えたこと・思うこと篇

2020年8月17日、シンガポールに5ヶ月ぶりに入国。

入国後14日間はシンガポール政府指定ホテルでの滞在が義務付けられている。その14日間+前後数日で、起きたこと、思ったこと、考えたことの記録。

※誤った情報が含まれる可能性、個人の思い込みや考えが多分に含まれていることはご容赦ください。


【開放されて1週間】 ~戻りつつある日常 vs 新しい生活様式

軟禁生活が終了して通常の生活を始めて1週間が経とうとしています。

シンガポールの街の様子はというと、日本と同様に外国人観光客が多かったのでその分空いている感じはしますが、それを差し引けばそれなりにみんな外出はしている感じ。電車もそれなりに混んでました。

ただ、さっそく解放記念で飲みに連れて行っていただく機会があり、夜の繁華街のに出向いたのですが、人出はまばらでした。現在こちらは22:30までしかアルコール提供できないし、5人以上の会食は禁止なので、飲食業界の回復は日本よりも厳しい環境でしょう。違反して摘発されたお店や逮捕された利用客の報道が定期的に流れてきていて、緊張感は日本より圧倒的にあると思います。

また、あらゆる建物・お店に入る際にチェックインが求められるシステムが導入されていました。

↓スーパーマーケットの入り口。QRコードを読み取るとチェックイン画面がでてくる

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チェックインするとこんな感じ↓

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行き交う人誰もが建物前でさっとスマホを出してQRコードをスキャンする様子から見るに、既にこの行動は一般化されているように感じます。僕は慣れてなくてしどろもどろになり、後続に大迷惑をかけてしまいましたが…。

ちなみに、在住者ID(日本でいうマイナンバー的なもの)でアカウント管理されているSingpass Mobileというアプリもこのシステムに完全連動しており、こちらだと位置情報ベースで「ここにチェックインですかね?」とリストアップしてくれるのでQRスキャンしなくて良いので楽です。

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頻繁に行く場所のお気に入り登録機能もあり、便利ですね。

このリストには結構小規模な店舗も入っていたので、あらゆる事業主に位置情報の登録なのか申請をさせたのだと思われます。この短期間でいったいどうやったんだろう…。

あと、個人情報中の個人情報が詰まったアプリで位置情報とられてるって、どんだけ監視が行き届いてるんだよ、というツッコミどころもありますね。

■一元把握と一元コントロールvs感染症

この例ひとつとってもそうですが、コロナ禍のシンガポールで感じるのはとにかく「一元化された把握力とコントロール力」です。

僕の入国からホテルチェックアウトまでの一連を振り返ると、少なくとも以下の4つの官庁が連携したと思います。

・労働省(MOM : Ministry of Manpower)
… 就労ビザ所有者である僕の管轄省庁で、この期間の僕に関する出来事の主幹官庁

・入国管理局(ICA : Immigration and Checkpoints Authority)
... 入国時の確認(MOMが許可した入国情報との照合)

・観光省(STB : Singapore Tourism Board)
... 滞在ホテルの管轄省庁

・厚生省(MOH : Ministry of Health)
... 健康状態に対する管轄省庁、PCR検査の対応など。そしておそらく、僕がコロナに感染していたら主幹官庁はMOMからMOHに引き渡されていたはず(毎日のコロナ感染者数の発表はMOHからなので)

驚くべきは、僕の電話番号さえ伝えれば、彼らは「僕が何者で、どのような要件で彼らとコミュニケーションをとる必要があるのか」を瞬時に理解できていた、ということです。(厳密には「一元化されたデータベースが存在し、そこにアクセスできていた」ということだと思いますが)

日本でコロナに感染した人から話を聞くと、保健所・市役所・病院どこに行っても「自分が何者で、なんでここに来たのか」から説明しないといけなくて大変だったと聞きました。また、在住の自治体によってフローや対応も異なると聞きます。

さらに、感染追跡アプリに登録しようと思ったら、どこで教えられたかわからないID番号の登録を求められ、結局その番号は役所に申請しないと発行されないものだった…というエピソードも聞きました。

思い返せば、カード会社とか旅行会社とか何でも良いのですが、カスタマーセンターに電話したら「担当が違うので別部署に回します」と言われて転送され、転送先で、同じ問い合わせ内容を何回もしゃべらないといけない、なんなら「この番号にかけてくれ」と言われてゼロからやり直し、という経験は年に数回してるような気がします。

この国で、そういったストレスは、少なくとも僕は一切なかったと感じています。

いち民間企業レベルでも「こいつが誰で、どんなやつで、いまどんなステイタスか」を一元把握・一元コントロールすることはとても難しいことなのだと思うのですが、この国はそれに成功しているのだと思います。

そして、「感染症と人類」みたいな書籍をいくつかあたると、「感染症対策の成功」と歴史が評価するものは「政府や中央による一元把握とコントロール」に集約される気がします。

たとえば、第一次大戦中にアメリカやヨーロッパの軍人を発端に流行したスペイン風邪は、戦時中ということで政府が大規模な感染症対策を行えなかったことで甚大な被害となり世界中に感染が拡がったそうです。

また、HIVは「同性間の性行為による病気」という印象から政治家・聖職者などあらゆる方面の有力者から「病気になる方が悪い」という論調があり、本腰を入れた対策がとられるまでに時間を要してしまったという歴史もあるようです。

一方で、ポリオウイルスはアメリカ・ルーズベルト大統領自身が闘病経験があったことから、アメリカが国家レベルでの寄付活動や研究機関支援をつづけたことでワクチンが完成。その後はアイゼンハワー大統領による「全国民接種」の宣言が行われて、少なくともアメリカからの根絶には成功したと言われています。

また、唯一人類が勝利したと言われる「天然痘」は、各国政府やWHOの協力により、国家を超えて後進国へのワクチン普及の努力が行われたことで、根絶を成し遂げられた、と言われています。

デジタル技術も駆使しながら、個人・事業者の情報や移動をコントロールして完全把握する、というシンガポールのやり方は「21世紀の大規模感染症に人類がどう挑んだか?」という視点で後世語られるんじゃないかと思います。(中国はもっと凄いのかもしれませんが)

■一元把握と一元コントロール vs 個人の権利

ただ強調したいのは、日本は遅れてる、なんてことをここで言いたいわけではありません。

「感染症対策」という視点だけで見れば確かに一つの情報をパンっと入れればすべての情報が分かることは素晴らしいことです。

そしてシンガポールの場合は「パンっと入れる情報」は「電話番号」です。つまり、殺されて電話番号とビザを盗まれたら、その人になり変わることもある程度は可能、ということです。

そのリスクを考えても、「電話番号」やなんらかの情報ひとつであらゆる情報が引き出せる、という政策を日本政府が打ち出しても、実現はなかなか難しそうな気がします。(そのためだけに発行されるマイナンバーですら、そんな論調を目にした記憶があります)

さらに国際世論の視点もあります。

国民の権利や自由を狭める方向に日本政府が動くことに対して、日本の占領時代に良いイメージがないこの国の人々はかなり敏感に反応します。シンガポールの人たちでも僕が感じ取れるくらい反応するレベルなので、もっと反日感情が強い国では結構な騒ぎになるのかなとも思います。

加えてもう一つ問題があります。こちらの方が僕は難しいと思ってるのですが「あらゆる人に一定以上のリテラシーが求められてしまう」という点です。

QRコードでスキャンしてスマホでチェックインする、ということができない人は、スーパーマーケットで買い物もできないのです。そんなこともできない人はオンラインで買い物できるとも思えませんから、買い物を自力ですることは絶望的でしょう。

そしてスーパーの店員のバイトも、お客さんの不具合に対応したりしないといけません。町の小さな個人事業店舗のオーナーも、このQRコードシステムに対応し、国に住所を申請しないといけません。(おそらく、というか確実にオンラインで)

ミスれば罰金を科され、時に懲役がつき、おそらくいろんな権利が(へたすればこの国に滞在する権利すら)剥奪されます。

会社員姿でガラケーを手にしている風景や、タクシー運転手がクレジットカード手続きに四苦八苦する光景をそう珍しくなく目にする日本で、一般の方々にどこまでのリテラシーを求められるのか、もしくは国としてどれほどの人を見捨てるのかは、議論に時間がかかる問題でしょう。

■そして学んだこと・考えること・思うこと

要は、あらゆるやり方に負の側面はあるし、逆にそういう判断になっていることの背景だったり理由だったりが必ずあるってことなんだと思います。

日本の緊急事態宣言への慎重さは、軍国主義に走った時代の反省なのかもしれない。緩めの外出制限は、デジタル化が行き届いていない社会で個人が世の中とのつながりを最低限保つためなのかもしれない。もしかしたら、超精密な計算に基づいた「どうせ外出規制しても大して変わらないから、これくらいで経済と折り合いつけとくか」っていう綿密な戦略なのかもしれない。体験も知識も勉強も足りていないので、深掘りはできませんが。

だから、このコロナ禍で僕がシンガポールで体験したいろいろなことを通じて、政策とか対応が良かった / 悪かった、ということについて、僕はなにも感じてないし学んだとも思っていません。

でも、とても学びになったことがあって、それは

「目的にこだわる」「判断し続ける」

この2つの重要性です。

僕の体験だけで見ても、シンガポールはこの半年以上の間、「感染の収束」を目的に、「監視人員の手配」「アプリ開発」「デバイス開発」「ホテル借り上げ」「ホテルガイドラインの策定」などなどを、判断し続けています。しかも超迅速に。

IT投資は思うより時間もコストもかかるし、目の前の利益が見えにくいのでトップの判断がしにくい問題と一般的に言われています。

みずほ銀行がデジタル統合のための方針決定と投資判断に踏み込めず先延ばしし続けた結果、歴史的なシステムトラブルを2回も起こし、最終的にはトップダウンの判断を下さざるを得ない状況に追い込まれたこと、そしてついに昨年そのプロジェクトが足掛け19年かけて完結したことことは、書籍化もされて話題になりました。

話は少しずれますが、USJのV字回復や最近では丸亀製麺のコンサルで知られる森岡毅さんのお仕事を、ものすごく末端でほんの甘嚙りさせてもらったことがありますが、森岡さんの「目的にのっとった判断」は、ど末端の僕たちにも伝わるほどシンプルでわかりやすいものでした。ただ、森岡さんは著書の中で「目的に執着して判断することは、ものすごく勇気がいるし、ものすごく難しい」と何度も強調して書かれています。

シンガポールの国家政策や上に挙げた例と比較したらその小ささにめまいがしますが、自分の仕事を振り返ってみても、つい目の前のタスクに夢中になって、その先の大きな目的を見失うことが多々あるように思います。目的ベースの判断に自信がもてず、ついはぐらかした判断をすることもあります。

そんな超難易度が高い判断を、国家というレベルでし続けているシンガポール。大企業のみならず、国家というレベルでもそれができるという事実は、僕らに自信とプレッシャーを与える事実だと僕は思います。

みずほが成し遂げ、森岡さんがモットーとしていて、シンガポールが建国以来続けていることの片鱗を垣間見れたことは、14日間外に出られないことの引き換えとして十分だったなあと思う次第です。

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以上で、このホテル軟禁生活に関わる体験のすべてのインプットをアウトプットできたかなと思います。なので、この軟禁生活noteは今回で終了したいと思います。

またどこかで軟禁されたら書こうと思います。

お付き合いありがとうございました。

おわり

※参考図書、というほどでもないですが、今回のnoteを書くにあたって参考にさせていただいた本をご紹介します

"(あまり)病気をしないくらし", 仲野徹(晶文社, 2018年)
...獣医免許を持つ先輩に紹介してもらった本。ウイルス感染症はじめ、からだや病気についての基礎知識が関西弁でライトに学べます

"世界史を変えた13の病", Jennifer Wright, 鈴木涼子訳(原書房, 2018年)
...歴史的な感染症を、アメリカ人のエッセイストが、アメリカ人のテイストで書いてます、「わたしならそこでハイタッチしたわ!」みたいなテンションが最初しんどいですが、慣れたらおもろい

"感染症はぼくらの社会をいかに変えてきたのか", 小田中直樹(日経BP, 2020年)
...歴史学者がコロナの時代に便乗して書いた本、といえば聞こえは悪いですが、感染症と歴史がさーっと学べる一冊

"USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?", 森岡毅(角川文庫, 2016年)

"USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門", 森岡毅(角川書店, 2016年)

"確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力", 森岡毅(角川書店, 2016年)
...この3冊で「USJがいかに再建したか」の施策・戦略・マインドセットがとてもよくわかります。3冊目の後半は数学的な知識が求められるので僕もちゃんと読みきれてないですが、、、

"みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史 史上最大のITプロジェクト「3度目の正直」", 日経コンピュータ(日経BP, 2020年)
...経営にとってIT絡みの判断がいかに重要かはわかりつつも、その問題があらゆる企業で先延ばしにされる理由もよくわかる一冊です



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