仕事の話

たびたびINFJは社会不適合者といわれる。
たぶん自分もそうだと思う。
とてもだらしなく、ナマケモノで、衣食住さえちゃんとできる機能が備わっていない。
そんな自分がなんとかやっていけてるのは、ひとえに仕事という縛りがあるからだ。
決まった時間に起き
決まった時間に働く
このルールこそがなんとかわたしにまっとうな暮らしをさせてくれる。
なんともありがたいと思う。
だから長期休暇は悲惨である。
この縛りが無くなるので生活が破綻する。
放っておくと餓死するんじゃないかと思う。
それくらい食べることに興味がない。

仕事は得意かといわれると
そんなことはない。
楽しくもない。
働かないで一生暮らしたいというひとは多いが、自分がそうなったら生活が破綻するのは確実なのでこわくてできないと思う。
なにか縛りのようなものがないとだめなのだ。
そして意志が弱いから自分では自分を縛れない。
なにか外部の力が必要なのである。

そうはいっても好きでもない仕事をするのはストレスフルではないか。
そう思うかもしれない。
自分の場合は仕事の内容よりもまわりの人間関係次第で有能にも無能にもなる。
尊敬できる上司のもとでは、喜んで欲しいからがんばれるが、合わない上司だと、最悪である。
さいわいなことに、今の環境はそこそこ良い。
時折意味不明なことをさせられたりもするが、まあ許容範囲だ。

みんなわりと好き勝手に仕事をしてる
わたしはそれを可能な限り放置する
したいようにするのがいいと思うからだ。
かつては色々気になって余計なことを言ったりもしたが、若気の至りというやつだ。
わたしごときに何がわかるというのか。
当時の自分はだいぶ自信過剰だった。
いまはひたすら放置している。
いや、放置できるようになった。
おとなになったんだろう。
何が起きても何とかなると思ってる。
何とかならなかったら、まあその時考えようと思ってる。
それくらいの緩さをみにつけてから、仕事も含めて、まいにちがだいぶ楽になった。

INFJは仕事に向かない?
サラリーマンに向かない?
やはり上司次第な気もする。
数年間、まったく合わない上司にあたったことがあり、そのときは体調が最悪だった。
思い込みが強く、自己顕示欲が強く、わたしの言葉をなにひとつ聞かないひとたちだった。
とにかく自分のことだけなひとたちだった。
せめてフリでも部下のことを思う姿をみせてくれればいいのに、それすらなかった。
あのときは本当に辛かった。

仕事人生を振り返ると、この他につらかったことがもうひとつある。
あるとき、関係会社に出向することになった。
出向先はレベルの高いひとたちの集まりで、わたしはまったく馴染めなかった。
そこの指導員も基本は他人に関心がないようなひとたちで、親身になってくれることもなく、わたしは常にひとりでいるしかなかった。
あのときはほんとうに寂しかった。
ひとりが好きとはいっても、あの職場の雰囲気は居心地の悪い以外の何者でもなく、そういうのをヒシヒシ感じ取る性質の自分には、地獄みたいだった。
その時心が折れ無かったのは、先輩への反骨心と、支えてくれたアニメがあったからだろう。
ふつうならとっくにやめてたと思う。

良くも悪くも順応性は高い方だと思う。
ただ意識できないストレスは身体に出るから、それは気をつけないといけない

そんなこんなでいまは良い人達に囲まれて仕事ができる環境をゲットした。
雇われリーマンなのでいつなにがおきてどうなるかわからないけど。
わたしが役に立てるうちはせいぜい役に立とうと思う。
ちなみに仕事は、確かにお金を稼ぐ手段だけど、基本的には他人のためにするものだと思っている。
良く好きなことを仕事にして楽しく生きようなんていうけど、ふーん、って感じ。
自分の好き嫌いは関係ない。
むしろ得意なことをいかす、それが結果的に誰かの役に立つ、そのほうが無理がなくてよい。
なぜなら得意なことは、好き嫌い関係なく、苦もなくできるからだ。
息吸うようにできることをして、他人が感謝し、お金までくれる。
これ以上の省エネがあるだろうか。

、、、いや、ない(笑)

わたしができることは
なんか困ってることをなんとかすること
現状を把握し
原因を解明し
改善策を考え
実行する

これはたぶんINFJの得意分野なんじゃないかと思う
全体把握しないとモヤモヤするし
そうするといろんなものがみえてくるし
わかったら動きたくもなるし
困ってるひとは助けたくなる

自分のためにはがんばれないが
他人のためならがんばれたりする

それだと損ばかりかもしれない
自分ばかりが他人のために動くのは
そう思ったこともあったけど
そういうふうにできてるのだから
やっぱり仕方がないのだろうと思う