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お前の土俵に私を上げるな。

「あるライターに勝ちたい」

もう何年も前の話だけれど、知人のブログにそう書いてあった。「あるライター」が「私」だと理解するのに、あまり時間はかからなかった。


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その人とは、確かに親しかった。私が子どもの頃から文章を書いているのを知ってくれていたし、実際に私の書いた小説を読んでもらったこともあった。

その一方で、私はその人が「書きたい側」の人間だとは知らなかった。「実は私も作家になりたいんだ」と打ち明けられたときには、「どうしてもっと早く言ってくれなかったんだろう」と思った。その人との付き合いは五年にも及ぶ。私が創作の勉強をするために大学へ進学したこと、書く仕事がしたくてライターになったこと、作家への道を諦めきれなくてnoteを書いていること。私の書くことへの熱意は、何もかも知っているはずだった。話すタイミングは、いくらでもあっただろう。

「これからは互いの執筆活動を応援し合おう」、そう話した。その人が最近始めたというブログを、私は更新のあるたびに読み、「いいね」を残した。長いあいだ思いを隠されてきた違和感を、創作する仲間ができた喜びに塗り替えようとしていた。

――……だけれど。次第に、その応援は私からのみ発せられるようになった。その人が私の投稿を読んでいる形跡は見受けられず、応援されることもなくなっていった。そうして、私のほうも、応援する気持ちがだんだんと冷めていった。

“見返り”を求めていたということは、私自身も、心の底からその人を応援してはいなかったんだと思う。本当にその人の文章が好きで、その人のことが好きだったら、当然見返りがなくても応援し続けていたはずだ。ああ、なんか、私が酷い人間であることを、ここにわざわざ打ち明けてしまった。


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数年前、あるテレビ番組で、マツコ・デラックスさんがネット上の誹謗中傷について話していたことがある。マツコさんは「同じ土俵に立ってから言え」と一蹴されていた。

「こっちは全国大会に出ているのに、どうしてわざわざ地区予選に降りなくちゃいけないの? まず、ここまで上がってきてから勝負するべきでしょ。言いたいことがあるなら、私の目の前に来い。文句言えるところまで上がって来なさいよ」

共演していたタレントさんは、マツコさんの話に圧倒されながらも、「そうできたらいいんですけど、自ら戦いに降りていっちゃうんですよね」と苦笑していた。


「あるライターに勝ちたい」という一文を見たとき、マツコさんのこの話を思い出した。それと同時に、「お前の土俵に勝手に私を上げるな!」とも思った。

その人に、私と同じ土俵に立てていると思われていることが、嫌で嫌でしょうがなかった。「地区予選以下のお前の相手なんかするかよ!」と、私の腸は静かに煮えくり返っていた。子どもの頃から文章を書いてきた私と、「書きたい」と思いながら何も書いてこなかったお前が、同じ土俵に立っているはずがないだろ。その人が「負かしたい相手」として、私を映していることに猛烈に腹が立った。

この人は私を負かすために文章を書いているのかと思ったら、怒りだけでなく、悲しさと呆れも押し寄せてきて、それらが私の胸の中でごっちゃごちゃになった。私がどんな思いで文章を書いてきたか、よく知っているはずなのに。私の最も大切なもので、私を負かしたい。あの一文からは、そんな意図が滲み出ていた。その浅ましさには、目眩すら覚えた。

いや、ちょっと待って。その人が地区予選だったら、私は一体何予選に出ているというのか。そもそも、地区予選は通過しているのか。出場できているのか。私は、一体何様のつもりで怒っているのだろう。私自身がよほど名の通った書き手……つまり、全国大会レベルならまだしも。子どもの頃から文章を書いていようが、なんだっていうのだ。私だってまだまだ無名の書き手なのに。

それに、この怒りこそが、その人を「格下」だと思っている何よりの証拠だ。そうやって、すぐに他人をジャッジして優劣をつけたがる私の姿が、その人を鏡にして跳ね返ってくる。自分のプライドの高さに辟易して反吐が出そう。

ああ、私はいつまでこんな、醜い争いを続けなければならないのだろう。


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いつも、誰かと戦ってばかりだった。

中学生のときは、テストの順位をよく競っていた。絶対に学年トップの座は渡したくなかった。「誰よりも優秀な阿紀ちゃん」でいたかったし、実際にそうなった。高校生のときは、部活。チームメイトよりも上手くプレーできるようになりたかった。だけど、一年頑張ってみても全然上手くならなくて、あっさりと見切りをつけて部活をやめた。大学生のときは、それこそゼミの中でいちばん上手く小説を書けるようになりたかった。就活だって、いい会社から内定をもらって、誰よりも早く終わらせたかった。残念ながら、どちらも叶わなかった。

社会人になってからも、戦いは続く。同期の子より早く仕事ができるようになりたかったし、先輩よりも良い原稿が書けるようになりたかった。当然、後輩にも負けたくなかった。インターネットでも、そうだ。あの人よりも、もっとたくさん読んでもらえるようになりたい、たくさんのスキがほしい、たくさんフォローしてもらいたい、賞に選ばれたい……。書き出したら切りが無い。切りが無いほどに、心臓が動いている間ずっと、私は誰かと競ってきた。勝つことでしか、誰かより優位に立つことでしか、自分の存在を認められなかった。負け続ければ、それに比例するように自己肯定感が地獄へと近づいていった。

でも、「あの人に勝ちたい」「追い越したい」と思っている時点で、それはその人より「後ろにいる」ということなのだ。後ろにいるからこそ思える感情なんだよ。勝っている人、上にいる人は、そんなことを思うはずがないのだから。

「土俵に上げたがるのは、いつだって下にいる人」だということを、肝に銘じておいたほうがいい。私もそうだから、よくわかる。


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ふと、想像するときがある。

その人は、机に頬杖をつき、目をつぶってある場面を思い浮かべていた。その人と私が、同じ土俵に立っている姿だ。取っ組み合った末、私はその人に負かされる。私の身体は屍となり、固く湿った土に横たわっていた。鈍色の淀んだ空からは、冷たい雨がしとしとと降り注いでいる。傍らに立つその人は、拳を空に突き上げた。

「やった! 負かしてやったぞ! 玄川阿紀に勝った!!」

私は、それが悔しくて悔しくてたまらない。その人の想像の中であろうが、私がその人に負かされるなんて絶対に嫌だ。私を打ちのめす姿を想像をして悦に浸ることを、妄想ですら許せない。だから、そんな想像もさせられないくらい、私はもっと、もっと、強くなりたいと思うのだ。


――と、長い間そう思ってきたのだけれど、ここ最近は、「負かしてやる強さ」ではなく「戦いから降りる強さ」がほしいと、思うようになった。

受賞の数、フォロワー数、スキの数、PV数、稼いでいる金額、会社の大きさ、雇用形態、キャリア、パートナーや子どもの有無、学歴、年齢、出身地、住んでいる場所、美醜……。この世界には、戦うものが多すぎる。一度戦い出したら切りが無いし、戦えば戦うほど、戦いから逃れられないことを知っていく。

ずっと何かと戦ってきたから、わかる。誰かと競いたくなる気持ちも、めちゃめちゃわかる。だって誰かに勝たないと馬鹿にされるし、私の存在意義がなくなっちゃう。でも、それを「モチベーションに変えられたらいい」なんて、甘いことは言えないよ。だって、それは、敵意を向けられた側の気持ちを考えたことがないからできることなんだもん。私も、「あるライターに勝ちたい」と書かれて、ようやくその恐ろしさに気づいたのだ。

勝ったら勝ったで、また別のステージが用意されている。マツコさんの言っていた全国大会だって、勝ち抜いたら次に待っているのは国際大会か何かなんだろう。私たちは、戦うことをやめられないのだろうか。せっかく勝っても、昨日まで友達だった人が銃口を向けてくるかもしれない。別に、私はあなたと勝負するために書いているわけじゃないんだよ。

勝っても地獄、負けても地獄なら、もういっそ、ありとあらゆる戦いから降りたい。降りたいのだ、私は。私を土俵に上げようとする人がいるのなら、私は戦わずしてその土俵から降りたい。もう、勝手に私をあなたの土俵に上げないでほしい。私も、誰のことも土俵に上げないから。

「戦いから降りる」ことは、これまで戦ってきた人から見たら、「逃げ」なのかもしれない。でも、私は、見ようによっては戦いしかない世界だからこそ、逃げる・降りるという道を選ぶことも、聡明な強さだと思う。

――なんていうのは、綺麗事かもしれないけれど。それができないから、私たちは日々誰かと戦い、もがき、苦しんでいるのだろうけど。戦うことで知った酸いや甘い、傷や癒やしが、これまでの私をつくっているのもわかっている。それはそれで美しく、価値のあるものだとも思う。そうして得てきたものも、否定せずに愛していきたい。

でも、きっと「戦いから降りる私」も、美しい強さを持っていると思うから。これからは、「戦いから降りられる私」に、私はなりたいのだ。



★2022年も玄川阿紀のnoteを読んでくださって、ありがとうございました!
今年最も読んでいただいたnoteは『世界でいちばん優しい人』でした。
今でもたまに彼女のことを思い出しては、悔しい気持ちになっています。

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新年にふさわしい、何か新しいことにチャレンジしたくなる、前向きな気持ちにさせてくれる小説です。公開している間に読んでね!

2023年、玄川阿紀は新しい挑戦をします。
もっともっと良い文章が書けるようになる予定です。ご期待ください!
読者の皆様にとって、2023年がすばらしい一年になりますように!
どうぞ良いお年をお迎えください♡

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