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SFわからないけど「たぶん」好きです??それは叶わない初恋のようなもの…。

 超絶ハイテンションで参加したさなコン3で3つ投稿作をノリノリで書き散らかして一つも一次選考通過せず、虚無の境地を過ごした時に「反省文書く!」と意気込みはや3ヶ月くらいが経った。…反省するどころかその後もめげずに懲りずに、SFだろうがファンタジーだろうが、短編を中心に新たに書いたり過去作を改稿して投稿サイトにぶん投げてみたり。はたまた他の方の作品の感想を書いてエックスに流してみたり。…自作に感想いただいて舞い上がったり、ワクワクしたり。私はとっても元気です、ああそうかい、別にいいんだけど、それで、反省は諦めたとしても、内省程度なら出来たのか?

 自分がSFとして創作したものがたとえガチのSFには当てはまらなくても構わないのだ。誰かに読んでもらって「良かったよ」と言ってもらったり、または他の創作者の作品読んで「SFって、すんごいなあ!」と感動したり。私にとってはちゃんと忘れられない経験になっている。「反省」する必要なんか無いのではないだろうかと、思い直した。

 各所のプロフィールから「趣味で小説書いてます」という一文を外した。選考を通らないときの悔しさや情けなさが、趣味の域を超えたからだ。サラリーヒューマンを辞めるつもりはないし本気で作家を目指すと宣言もしない生ぬるさの自覚はある。それでも世の中に溢れかえる創作者たちの端っこで、肩肘張らずにスイングしながら座っていられたら幸せだ、と思っている。
 ぽっかり空いた時間でアイディアを夢想するのが好きだ。小学生の頃からずっと、授業そっちのけで妄想するのが好きだった。「書きたいものが出来たときに思い通りに書けること」当座の目標はそれで十分。公募やコンテストに参加するからには手を抜くことはないけれど。その時々で力を尽くすだけ。何よりも、物語を作るのが、好きだ。書きたいなら書く。楽しいなら続ける。ねえ私さんよ。つらくても悔しくても少しだけ恥ずかしくても、止められないよな?
「SFってなんなのよわからねえよ」と考えているうちに、そんな答えに辿り着きましたとさ。めでたし。

…開き直りすぎてわからないままなのもどうかと思うから、ちょっとずつわかりたいな〜などと思ってはいる。
 私が好きな映画や本などのタイトルの中にいくつか「SF」と分類できるもの、あるにはある。しかしおそらくは、大衆向けエンタメへとマイルドにされたコンテンツが多いのだろうなということ。
 初めて宇宙物理学の入門書を読んだら、へえー!や、なるほどー!の連続だった。半分くらいは理解出来なかったけど。改めて映画「インターステラー」を観れば、なんとなくだった「面白い」が、また違う次元の感動へ誘ってくれそうだな、と思ったり。
 SF独自の様式美みたいなものがあることも、なんとなく理解しました。

 叶うはずがない初恋に胸を焦がしている、そんな気分だ。つまりそれってさっさと諦めてもっと良い人見つけに行った方が良いのかもしれないけれど。人間、いつまでも忘れられないのは、苦い思い出だったりするのである。ストーカーかよ…。

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