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やがて涙は消えていく 第1章

 (僕<千葉祐介・中2>はある日、原因不明のまま亡くなったクラスメイト<佐野健太郎>の母親のために文集を作ることを思いつく。みんなで「思い出」を寄せ集めれば、なんとか一冊の文集が出来あがると考えた僕は、早速ホームルームで自分のアイディアを発表することになるが・・・・・・。) 

教室の中はしんと静まりかえっていた。黒板もドアも、クラスメイトたちも何も見えない。すべてがまぶしすぎるほどの陽光の中に消えてしまったようだった。 

僕は大きく息をすってゆっくりとそれを吐き出した。いつもと変わらない教室の風景がやっと見えだしたころ、副担任の福島先生が話し出した。

「みんな、今、千葉くんの言ったことに協力してほしいの。それは佐野くんのお母さんのためだけじゃない。みんなのためでもあるの。」

福島先生がそれから何を語ったのかはまるで覚えていない。僕が覚えているのは、みんなチャイムが鳴ると同時にそそくさと散っていったことだけだ。僕と目を合わせる人は誰もいない。みんな何事もなかったように会話して教室から出ていった。取り残された僕の前には福島先生だけが気まずそうに立っていた。

佐野君はある日、自宅マンションの5階から転落して亡くなった。警察は自殺の可能性があるとして捜査しているが、未だにはっきりとした原因は分かっていない。

葬式の日、佐野君のお母さんは僕たちに言った。「健太郎のことで、何か思い出したら何でもいいから教えてください。」

声をしぼるようにしてもう一度同じことが繰り返された。「健太郎のことで、何か思い出したら何でもいいから教えてください。お願いです。本当に何でもいいんです」

そう言って、佐野君のお母さんは力なく泣き崩れた。周囲の人が慌てて、佐野君のお母さんを抱きかかえた。そして、そのまま佐野君のお母さんは別室へと連れて行かれたのだった。

僕は佐野君のお母さんが言ったことを今でも覚えている。あんなにも悲しく、悔しく、切ない顔で語る人を僕は初めて見たのだと思う。それは自分に対する失望や後悔、怒りも混じって、より一層複雑な心境を言葉に含ませる。

一つ一つの言葉があんなに深い重みを持って迫ってくることがあるのだろうか。僕は佐野君の葬式が終わった後でも、ときどき佐野君のお母さんが言ったことを思い出してそう思った。

担任の山岸先生に相談したのはそれから一週間後のことだったと思う。僕のクラスではホームルームの時間、毎週誰かが何でもいいから一分間話をすることが義務づけられていた。そんなヘンテコなルールを作ったのは、やっぱりヘンテコな先生として有名な山岸先生で、みんなは嫌々ながらも昨日あったことや自分の趣味などについてダラダラと発表していた。

その発表がちょうど一週間後、僕の番になろうとしたときだった。何かの用事で職員室に行った帰りに、僕は山岸先生に呼び止められて、来週どんなことを発表しようとしているのか尋ねられた。山岸先生はきっと僕が何も思いつかずに困っていると思ったのだろう。どこかニヤニヤして、困っているなら手伝ってやるぞ、という変なやる気が体からにじみ出ていた。

僕は間髪入れずに「佐野君のお母さんのために文集を作ることをみんなに提案します」と答えた。

山岸先生は座っていた椅子からずるりとすべり落ちそうになるのを必死にこらえて、「なんで、なんで」と繰り返した。

僕は葬式で佐野君のお母さんが必死に頼んでいたことを話した。そして、あれだけ必死に頼んでいた人を無視することはできないということをキッパリと告げた。いつもはモジモジと自信なく話す僕だったが、その日だけは何か特別な力がどこかから湧いてきたようで、普段以上に強い語気で説明できたのだった。

山岸先生は目を数回パチクリさせた後、今度は両目をつぶって、「ウーン、ウーン、でもなあ・・・」と繰り返しつぶやいた。

山岸先生はどうやら、僕の行動が返って佐野君のお母さんを傷つけることになるかもしれないと思ったようだった。

「いいんだけどさ、ちょっとな・・・・・・」

そのとき、ちょうど隣で僕の話を聞いていた副担任の福島先生が話に割り込んできた。

「私は千葉くんの提案に賛成です。みんなで文集を作ってあげれば、きっと佐野君のお母さんも喜びますよ」

容姿端麗で真面目で素直な性格をした福島先生。男性学生からは圧倒的な支持を誇る彼女からそう言われて、山岸先生も折れないわけにはいかなかった。

「うん。まあ、いいだろう。」山岸先生はなぜか腰に両手をあててそう言った。「だが、クラスのみんなが同意したらの話だからな。みんながやる気を出さないと意味がないから。」

発表が大失敗に終わった日の帰り、僕はそのことを山岸先生には内緒にしておこうと決めた。幸いなことに山岸先生は警察の事情聴取やらPTAへの説明などの対応で追われており、ほとんど教室に顔を出していない。

僕がみんなを説得し終えるまでは黙っていても問題はないだろう。それに山岸先生が普段通りに教室に顔を出すようになるまでにはまだ時間があるはずだ。それまでなんとかクラスのみんなを説得すればいいじゃないか。僕は日が暮れてもうすっかり暗くなった夜道をとぼとぼと帰りながらそう心に決めていた。


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やがて涙は消えてゆく 第2章


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