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【トンネルに雨は降らない】第2回_ブンブンの垂直降下

トンネルに雨は降らない
秋帽子(著)

第1部 風信子石の手紙
第1章 朝日
1 最後の一人(承前)

(第1回はこちら

1-2 ブンブンの垂直降下

 少し進むと、通路は下降し始めた。緩やかにカーブして、主トンネルの下へと潜り込んでいくようだ。行く手の壁に、小さなドアがあり、「ガス発生危険 関係者以外立ち入り禁止」のルーンが鈍く輝いている。何かの薬品を使った浄化装置が設置されているのだろう。今日は、こちらの設備に用はない。ブンブンはちょっと臭いをかいでみた後、さらに奥へと下った。
 やがて、メンテナンス通路は、完全に主トンネルの真下に達した。ブンブンは、多数の太い柱で支えられた空間に出た。天井には、大きな石づくりの梁が何本も渡されている。部屋の中央には、丸い井戸のような縦穴が開いていた。穴の縁には、降下する者がロープをかけるためのフックが設けられている。下層へとつながるマンホールのようだ。
 覗き込んでみると、縦穴の壁面には、数等身おきに、金色のルーンが打ち込まれている。ルーン・ゴールドが発している音の調子からすると、どうやら、警告文らしい。ブンブンは、慎重に穴の底を見下ろした。
「キケン・キケン キヲツケロ
 キヲツケナイト ナクナルゾ
 カゲモカタチモ ナクナルゾ」
 一番高い位置にあるルーンがブンブンに気付き、歌いかけてきた。
「わかったよ。見張り番、ご苦労様。」とブンブンは答えた。とはいえ、この縦穴の底に、求めるものがありそうだ。
 降りるかどうか、それが問題だ。
 危険があるのは、間違いない。ただし、ルーンのメッセージからすると、警戒を求めてはいるが、禁止はしていない。もし、降りてはいけないなら、そのように言うだろう。ブンブンは、穴の縁に腰掛けて3分間考えた。それから、降下を決意し、ロープを取り出した。念のため、管理者のためのメモを残しておく。地下の冒険では、こうした小さな用心が、しばしば生死を分けることを、一族の経験が教えていた。
 懸垂降下を始めると、金色のルーンは緑色に変わり、注意事項を伝え始めた。
「地の底に 巨像がある
 記録する 行いの全て
 肩の上に 城壁を支え
 誓願の立てられる日を待つ」
 古都を築いた人々の遺物か。記録機能があるとすれば、相当な知識を有している可能性がある。ブンブンの期待は高まった。

 ピンポン・パンポン♪
「アー、アー、アー!
 アンスールが、臨時のルーンニュースをお伝えします!」
 乾燥棚の上に置いたラジオから、唐突にチャイムが鳴り響いた。
 オーブンの火加減を見ていたグーリャは、手を止めて放送に聞き入った。
「本日11時27分、白い帽子を被って探検服を着た、勇敢な鍛冶通訳者が1名、『マンモスの縦穴』に降下を開始しました。彼は、真実と古代の知識に接近する道を辿っており、極めて危険な状況です。恐ろしい…とても恐ろしい白と黒の動物が、彼を捕らえるかもしれません!アー、アー、アー!
 なお、同人の無謀な行動により、直ちにトンネル本線に危険が生ずるおそれはありません。市民の皆様は、今まで通りの生活をお続けください。白と黒の動物には、近づいてはいけません。茶色のほうは、安全です。蜂蜜の小瓶が、彼を上機嫌にしています。
 アー、アー、アー!
 最初の言葉のルーン、アンスールが、臨時のニュースをお伝えしました!」
 パンポン・ピンポン♪
 …あらあら、これはクマさんのことじゃないかしら。近づいても安全な「茶色のほう」というのは、きっと彼のことだわ。探検服なんて、どこに隠し持っていたのかしら。
 グーリャはエプロンの端で手を拭くと、気づかわしげに、窓の外を覗いてみた。トンネルの中はいつも通り。明かり取りの窓から降り注ぐ日射しが、レンガ敷きの街路を穏やかに照らしていた。
 ブンブンさんが、無事に戻って来られますように。グーリャは願いをこめて、「穏やかな良いうさぎがお母さんからもらったニンジン菓のタルト」をもう1枚余分に焼くことにした。

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30周年で六角形に!?深まる秘密が謎を呼びます。秋帽子です。A hexagon for the 30th anniversary! A deepening secret calls for a mystery. Thank you for your kindness.