近距離

「ちょっとまって」を飲み込む。
縮まらない1メートル。祭りの音が、遥か遠くに感じる。
会場に着いたときには夜店は片付いてしまっていた。夜店って、もっと遅くまでやっていると思っていた。子供の頃の感覚と、カタチだけ大人になっている私との夜の距離が随分と近くなってしまっているからだろうか。
祭りの痕が私の目を奪っていく。辿ろうとすればするほど、うまくあるけない。ああ、間に合わなかった。もうあと30分仕事を早く終えられたら、間に合ったかもしれない。

治田は時折こちらをチラリとみながら、決して歩みを緩めず進んでいく。一定の距離、1メートル。
別に喧嘩をした訳でもない。
自然と、歩みが進んでいっているのだ。

今ここでふと立ち止まったら、きっと治田は気がつかないで進んでいってしまうんだろう、と遥は思う。そして気が付いた時には、私はいないかもしれない。

いっそいなくなってしまいたい、と思う。
その時に治田はどうするだろう。

いつも通り家で待っているのだろうか。
私がいつだって、ちゃんとあとをついてくると信じているのか、それとも、どっちでもいいよということなのか。

「頑固」な距離がそこに横たわる。

こんなとき、手を繋いでいたらどうだろう。こんなときのために、手を繋げたらいいのに。治田は手を繋ぐことを頑なに嫌がる。

この「1メートル」の距離は突然やってきて、それは私をとても不安にさせるのだ。たった1メートルが、とても遠いことが。これって私達の距離なのだろうか。

治田は先に進んでいく。
私はよそ見をしながら、進む。

到底追いつかない、と思うとその距離が絶対的なものにおもえてくる。早足で追いかければいいのだろう。でも、それが、できない。

それを、したくない。
本当は、いますぐ抱きしめて欲しいのに。

そうして家に着いたら、と遙は思う。
怖くなって私は治田に張り付くのだろう。

そうしてまた、何もなかったかのように私達は一緒に暮らしていくのだろうか。ハルタハルカなんていう、お笑い芸人みたいな名前になってしまう日が、来るのだろうか。

たった1メートル。
終わってしまった祭りの後を、抜ける。

#小説 #ショートショート #恋愛

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