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生活力は破邪の力(かも)

 私は団地住まいだ。今の場所にもう7年くらい住んでいる。
 多くのマンションが隣接する場所に長年住んでいると、おのずと住人の人となりが見えてしまう部屋がある。
 我が家から見える部屋に、住人の強烈な個性を感じさせる部屋がひとつある。数年前、団地のリニューアルに伴い、マンションの外壁を塗り直す作業が行われた。しかし、その部屋だけ塗装されないまま工事が終わってしまった。現在でも、その部屋の外壁だけ他の部分と色が違う。初見の人は戸惑うこと請け合いだ。
 当時そこに住んでいたのは頑迷な老人だったと思う。姿を見たことはないが、深夜に声を何度か聞いた。昼間にバルコニーを見上げると、時折申し訳程度に洗濯物が干してあった。それを見る限り、老人男性だったと推測できた。
 夜中に聞こえる声は、まあワイルドな感じであった。口論のようでもあったが、詳しいことはわからない。近隣の住民が結構な頻度で入れ替わっていたので、トラブルメーカーだったのではないかと推測できる。

 しかしある時、その声がはたと聞こえなくなった。しばらく閉ざされていたカーテンは数ヶ月のうちに撤去され、ベランダも片づけられ、古かったのであろう空調設備は撤去された。
 引越しだろうかとも思ったが、人気がなくなってから空室になるまでのタイムラグがかなり長かった。なので、私と妻は、孤独死でもしたのだろうと冗談混じりに話していた。

 壁の色がひとつだけ違う部屋には、それ以降何組かの入居者があった。しかし数ヶ月以内に再び空室になるということが、結構な回数繰り返された。
 あれ、もしかして「出る」ようになっちゃったのかな? などと思わないでもなかった。その部屋の入居者の出入りが激しくなるに伴い、周囲の部屋も空室になることが多くなったように思われたからだ。

 そのうち、色違いの部屋は、空室になりっぱなしになった。立地条件は良い場所なので、入りたい人は少なくないだろうに、ずっと空いている。私はその部屋に少し興味を持った。ちょっとでいいから中を見てみたいと思ったし、なんなら一泊してみたいとも思った。破格の値段だったら、しばらく借りてみたいと思ったりもした。そんなことを考えている間も部屋は埋まらなかった。本当に出るんじゃなかろうかと、私の興味はますますそそられた。

 ところがこの春、おそらく1年近くぶりに、新しい入居者が来た。その人は、これまでの入居者とは少し様子が違っていた。もちろん対面したわけではない。バルコニーを見ているだけである。
 その人はバルコニーに新しい空調の室外機を置き、物干し竿を3本設置し、多くの洗濯物を高密度に干していた。風にはためく多くの洗濯物(多くは寝具周りの大物だったと思う)を見た時、元気があるなという第一印象を持った。そして、さまざまな洗濯物がはためく日が続くにつれ、「しっかりした生活人」という印象を抱いた。雨の日にもなにやら陰干しされているもの(それがなんだか見えないけれど)があるようで、日々創意工夫がそのベランダでは行われている。なんだか楽しそうだ。
 洗濯にあれだけの情熱を傾けているので、部屋の掃除や炊事もしっかりやっているのだろう、と勝手に決めつけながら、バルコニーを見た。そしてこれでは、前の入居者の「出る」幕はないなと思うに至った。

 これはもはや妄想の域ではあるが、「出る」ような存在となったとしても、現在を精力的に生きる人からエネルギーを奪うことは難しいのではないか。生きることに夢中な人は、彼岸のことに関しては無頓着にならざるを得ない。構ってる暇はないのだ。

 なので、生活することに力を注ぎ込めば、心霊現象には遭遇しづらくなるのではないかという結論に至った。ロジックとしては支離滅裂だし、後日読んだでも私本人が理解できるか懐疑的な文だが、備忘録ということで書き残しておきたい。

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