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帰りたいんだ

 もうどれくらい食べていないのだろうか。意識がもうろうとしてきた。お姉さんはきっと探してくれていただろうなと思うけれど今更どの面下げて帰れると思うか考えている。

 だから彷徨っているわけじゃない。

 帰るに帰れない事情があるから、今までにあの家にいたときは、何度か知らないオス猫が連れてこられたけれど、どれも私のタイプじゃないし、私は誰にもなびかない。それが私のはずだった。

 だけど、家を出てからしばらくしてごみ漁りなどができずに、食べるものがなくて意識がない時に何かされたようで、自分の腹に子供がいることに気が付いた。私は血統書付きのシャムネコなので、こんな誰ともわからない猫の子供を宿したまま、お姉さんの前に出ていけるはずなどない。おまけに、ここがどこだか、分からないのだ。

 犬ほど鼻が利くこともない。

 山に入ってしまい、野犬に追われて闇雲に逃げ回った時に、あの家から離れすぎて、ここがどこなのか全くわからなくなってしまったのだ。

 お姉さんに会いたい。あの温かい部屋で眠りたい。おいしい魚やチキンをおなか一杯食べたい。

 ああ、どうしよう。気分が悪い、今まで感じたことのない嫌な気分だ。腹が痛い、そして私の奥でうごめく何かが下界へ出ていこうとしている。

 助けて、お姉さん。

 1,2,3匹と出てきた。

 私はがりがりに痩せた体でそのまま痛みのために眠ってしまった。



 どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。

 眠っている間に、産み落としたはずの私の子供は死んでいた。

 もともと、何も食べていなかった私にまともな子供が生まれるはずなどなかったのだ。後ろ脚を何とか動かして前へ進む。雨が降っていたのでこのままこの叢にいたら私も体温が下がって死んでしまうだろう。

 お姉さんに会いたい。

 誰かと遊びたい気持ちが抑えられずに毎月外へ出ただけなのに、今回は取り返しがつかないようだ。耳も噛まれて先がかけたし、しっぽも少し短くなってしまった。シャムネコの模様をしているが、まるでボロ雑巾のようになってしまった。

 見たことのない風景、知らない家に知らない車の下。どこへ行ってもキレイな姿だから人間は構ってくれる。時には魚や、白いご飯をくれる人もいた。私はキャットフードのカリカリした餌しか食べない。

 白いご飯などは食べたこともないし、欲しいとも思わない。生の魚も食べられない。でも食べないと出産した後なので本当に死んでしまう。

 憐れに思った、家にいた人が私にシーチキンを出してくれた。これは好物なので食べてみた。涙が出た。おいしい、何か月、何年が過ぎたのかもわからない。目やにがひどくて顔がよく見えないけれど、女の人のようだ。

 ありがとう、おいしいです。

 おいしいと食べていると私を触ろうとするのでシャーと威嚇した。私を触れるのはお姉さんだけなのだ。

 次からシーチキンを補充されることもなく私はまた眠ってから重い腰を起こしてあの家の方へと歩きだした。脚の裏も分厚くなりもう痛みも感じない。そしてちぎれた耳も痛みを感じない。だがさらに放浪をしているうちに、見たことのある風景だと思うようになった。大きな屋敷が四軒建っていてその先の小さな戸建ての向こうは、懐かしいあの家だったはずだ。

 私の匂いなど残っていない、農業用水の土手のブロックの上をひょろひょろと歩く、なんて懐かしいのだろう。いつもお散歩していたコースだった。

 ようやく戻ってきた、蚤や虱が湧いている体でお姉さんは嫌がるだろうな。と私は思うが、細い私道を欠けたしっぽを立ててあの家に向かって歩く。偶然だろうか、お姉さんが家の前に立っているように見える。私は死ぬ前にお姉さんの幻を見ているだけなのだろうか。見慣れた家々は自分の住処が角にある。ベランダには友達の白うさぎもいるだろうか。

「ハナヨ!! どうしたん? 今までどこにいたんや?」

 涙声のお姉さんの声がする、私もお姉さんの姿が歪んで見える。

 本当に帰ってきたのかな、私。

 そのあと私はお姉さんの前まで歩くと、その場に倒れた。もう目が開くことはないだろう。最期にお姉さんに会えてよかったと思った。


 何日眠っていたのだろうか。

 私は知らないうちにあの家の軒下に自分で入ったようだ。体からは白い粉の変なにおいがする。きっとお姉さんが蚤取りの薬を私の体に撒いたのだろう。薬の匂いは顔と耳からもする。目の前にはいつものカリカリが小皿に入っている。水だけは飲めたが何かを食べる気はしない。

 お姉さんは少し離れたところで泣いていた。

「二年もの間、どこへ行っていたの。もう死んだと思っていたやんか。こんなに痩せて。あほやなお前は。病院大嫌いやけど、明日には連れていくから」

 私は思う、病院行くぐらいなら死んだ方がよかったのかな。お姉さんが私の額を撫でてくれた。

「ごめんなさい。心配かけて。お姉さんが泣いたの、初めて見たよ」

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