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カリスマ・美容師さん

 今日はもうお知らせだけで申し訳ありません。

 台風が接近中でございますが、3か月ぶりにエッセイで書きました、最近お世話になっているサロンの予約をしていました。

 ようやく髪に手をかけることができたので、帰宅したばかりの5歳は若返った(?)はずの樹がこの先少しばかり妄想ショート・ショートを繰り広げます。


「今日はどうしますか? お電話の通りデジタルパーマにしましょうか」

 キンキンに冷やしてもらった貸し切り状態の広い装飾などなにもないヘアサロンに私はいた。

「どうです? こんな感じで3か月過ごしましたが、もう少し早めには来られませんでした。ワクチン接種などがあったので」

 古い黄色く変色したクーラーがカタカタと音を立てている。クーラーの真下の椅子の冷たさを感じながら腰を下ろして深々と背中を預ける。お客がひとりに、スタイリスト一人の美容院は前から念願だったデジタルパーマを施してもらって3か月経過していた。20年ぶりに新しい美容師さんに髪を任せた。前のところをやめた経緯は割愛する。

「案外、伸びていませんね」

「あまりにも7,8月が暑かったので娘に少し切ってもらいました」

 そこは正直に話す私。鋤ばさみと普通のカット鋏を持っていることは告知してある。もう3回ほど娘に切ってもらい、前髪はつい勢いで先日も自分で切ったばかり。

 シャンプー台に促されて髪を洗ってもらう。

 首を若い男性の大きな手でしっかりとホールドされる、少しばかり気分があがる。終ぞ、誰かが私の首に触れた人などいないことに気が付きまくっていた。少し緊張していることが私の薄い皮膚をとおして伝わるようだ。

「あ、熱いですか?」

 いいえ、あなたの手の温度が嬉しくて。

 なんて言えたらどれだけステキだろうか。でも、そんなことを口にすればこの美容院には二度と来ることはできないだろうと思うので、黙る。でも思いだけが募るので困ったものだ。ある意味変態なのかもしれない、こんなことで欲情するとは情けない。

 力はあるのに、決して痛くない頭皮と髪への刺激は気持ちよく、永遠に続けばいいのにと思ってしまう。けれど、この空間は私だけのものではないし、彼の妻ではないので、このサービスは3時間限定内の限られた時間である。

 マスク越しではあるが、彼はワクチン接種していないということで、広々としたサロンのシャンプー台のところに椅子を置いての会話が続く。彼の好みのBGMは私の耳にはなじみのない曲ばかりだ。


 施術が終わり出来上がる時、彼との別れが待っている。

「お疲れ様です、終了しました」

 彼の大きな黒い瞳は深い二重に縁どられて私を見る。

「ありがとうございました」

 本当はもっと近い距離ならどんなにいいだろうか。マスクのしたの彼の顔はまだ見たことがない。次はもっと早く行けば短いままで、長く伸ばすことなんかできない。

 前の美容院で失敗されて切り落としてから、ここまでの道のりは彼と男友達のアドバイスと、娘が時々我流でカットしてくれたからの賜物なのだ。

 次はいつ会える? こんな会話、誰ともしていないな。最近。


「気を付けてお帰りください。また、お越しくださいね。電話でもいいので」

 こんなことを階段の上から言われたら困ってしまう。どんな電話をすれば妥当なのだろうかと考えながら細い階段を下りるだけで精一杯なのだ。引きこもりなので脚の筋力がほとんどない。

 のぼせやすい性格、いいえ、ただ乾いているだけなのかも。

 電話したいけれど、この人以外にも男友達は関東方面にいるが、先週電話したときは出てくれなかった。居留守? もしくは避けられているのかも知れないな。実際には会ったこともないのだし、電話だけなんてつまらないと思われているのかも知れない。

 この美容師さんともっと早く出会いたかった。まだ、水分が残っている間に。私の中には時間も水分もあまりない、のこされた時間の短さに焦りが生じるが、何のために自分を犠牲にしてきたのか、虚しさだけが手元に残る。

 つまんないな。まったく、シャレになんないわ。




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