先のことなんて、自分でもわからなすぎて④

そして、引っ越しをする理由

息子の2歳の誕生日、年末年始を迎えて、リセットしつつあった私は、心のスイッチを完全にもとに戻すべく、少し余裕の出てきた夫の協力を得て、”自分”を取り戻す時間を優先させてもらった。

子連れでなく、一人で、会いたい人に会い、行きたい場所に行き、食べたいものを食べた。私の心の中が「たすけて」から「ありがたい」に変わっていくのを感じた。

みんなが私のために時間を割いてくれて、ありがたい。夫が自由な時間を与えてくれて、ありがたい。息子が理解してお留守番してくれて、ありがたい。いろーんな人が助けてくれて、本当にありがたい。

そうしてようやく久しぶりに、「私には何ができるだろうか」「誰を助けることができるだろうか」という感情が戻ってきた。

と同時に、今後もこの貢献欲求を枯渇させないためには、自分の土台は、絶対に自分で整えておかなくてはと思った。自分が大切にしたい感情は、自分で意識的に満たしていこう。いつ死んでも悔いのない、満たされた自分で在るための工夫を、自分でしよう、と。

そう考えたとき、私が”今”一番満たされるのは、親のそばで子育てをすることだった。

毎日でも孫に会いたがっている両親と、同じくおじいちゃんおばあちゃんが大好きな息子の、両想いの気持ちを満たすこと。

仕事の特性上、忙しさに波がある夫の不在がまた長く続くことがあっても、私が余裕を持って応援してあげられること。

そして、初めて一人暮らしをしたときの心のひっかかりを、解消すること。

自己犠牲を払うことなく、私と、私の大切な人たちが笑っていられる、今の最適解が引っ越しだった。


先のことなんて、何にもわからない。私が仕事復帰したら、会社と学校と自宅が近い方がやっぱり良いと思うかもしれない。でもその頃にはもっともっとリモートワークが一般的になっているかもしれない。そもそも私がどんな働き方をしたいと思うのかもわからない。息子が母である私に、何を求めるかもわからない。それに、どこまで応えてあげたいと私が感じるかもわからない。

考えても考えても、先のことなんてわからないことだらけで、そのわからない未来のために、今を犠牲にするのはやめた。今、私が大切にしたいものを、大切にする。譲れないものを、譲らない。

未来の幸せはいつも、”今”の幸せの積み重ねだから。

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