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音楽と建築2  後編

ゆらぎ


古いマンションはおおむね天井が低い。それもあって吉祥寺にあるこの喫茶店の天井は低い。さらに押し入れを改装した個所はさらに低く、こもっている感覚があって意外と落ち着いたりする。天井の高さは高い方がいいなどという某ハウスメーカーの宣伝のような単純なものではない。人の心理はそんな単純にできていないでしょう。開放的な空間が365日住い手の心理に沿った空間かというとすぐに疑問がわく、前に幼少期の男の子がなぜあんなに「秘密基地」が好きなのか考えたことがある。『21世紀少年』に出てきたような秘密基地を私も近所のだだっ広い駐車場の一角で作った口だ。すぐに壊されたけど・・・。
ちこちゃんでもやっていたようだけれど。心理学者さんによると、まだ弱い子供が持つ「防衛本能」なのだそうで、敵から身を守る行動として説明でき、秘密基地の中にいると隠れているという安心が生まれて、その安堵感がワクワクする心理へと変わるのだそうです。家の基本ってそういうことかもしれないと思います。旅行から帰ってきて家が一番落ち着くと感じる人はまさに家が安堵として存在しているということなのでしょう。

私の職業は「落ち着く」家を創り出すのが仕事です。人はどうしたら落ち着きを感じるのか。そうなると結構心理学が大切になってくるんです。
視覚的な要素はもちろん音や触覚も入ってきます。建築設計を学問的にジャンル分けするのであれば工学と心理学がまじりあったものだと答えたいです。名医と呼ばれる人って医学はもちろん、患者さんの心理もよく知っている。似ているんじゃないかと思います。名建築はたいてい心理学からアプローチしても極めて高い領域にあるものです。
でも、建築設計を対象とした心理学の本なんてありません。そこで大事なのは落ち着く空間に身を置いて観察すること。実体験からのフィードバックです。いろいろと行きますが、意外とヒントになることが多いのは前述のようなオーナー自らが内装を作った空間です。プロのデザイナーや設計者の作る空間とはまた違う要素があるんです。そう「ゆらぎ」です。

ゆらぎのある音楽にリラックス効果があることは多く知られています、ロウソクの火や焚き火はゆらぎを理解しやすいイメージです。でも空間デザインに意図的にゆらぎを取り入れるのは難易度が高いです。音楽理論のようにアアプローチする方法もなく、そもそも職人さんたちはきっちりした仕事をしてなんぼっていう世界で生きているので、すごくきちっとしたものを作ってしまう。不規則性を生みにくい。なのでプロが仕事をするとゆらぎが減ってしまう。その点一般の方でセンスのある人が上手に空間をつくるとゆらぎが生れやすい。吉祥寺の喫茶店がjazzの響きと床板の音と内装でゆらぎが程よく生まれているのはそういうわけだと思います。

自邸


今、自邸を設計しています。これは我々のような職種の特権かもしれません。自分の住む家を自分で設計する楽しさ。誰の手も借りず心ゆくまで家づくりに向きあえます。楽しくてなかなか設計が終わりません。。。

せっかくの自邸なのでゆらぎを試そうと思っています。通常は下地材で仕上げ材には使われない、厚さも幅にもバラツキにある板材を外壁に使用し画一的な雰囲気ではないものにしたいですし、内部は漆喰ですができるだけ職人さんの作為がでない方法で塗る予定です。天井は低い個所と高い個所をバランスよく配して。床板はさすがに鳴らないようにしますが、浮造りという木目の不規則性を足裏でも感じられるような仕上げです。決まりきった四角い空間も崩すような工夫をしています。最終的には時間とともに無作為の作為みたいな状態になって馴染んでくれたら一番うれしいと思っています。

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