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鹿肉の調理と食の文化的背景について

時に、臭い、硬い、と敬遠されることのある鹿の肉を、なんとかして美味しく食べられないものかと試行錯誤を重ねてきました。一般家庭で簡単に調理し、食卓で違和感なく食べ続けられるような食べ方を見つけ出そうと、私自身だけでなく、お肉をお配りした皆さんにもご協力いただいて、いろいろな食べ方を試してきました。

知人たちからの「こうやって食べたよ」という提案は興味深いものばかりで、私もたくさん真似させてもらいましたし、noteでもレシピを紹介してきました。ただ、そうした中で次第に強まっていった一つの思いがありました。そもそも論として、

日本の食文化は、鹿肉を食べることに不向きなのではないか。

「一般家庭でササっと調理して気軽に食べてもらえる鹿肉料理」の考案を目標にしてきたこともあり、できれば日本のごく一般の家庭で使われている調味料を使い、調理器具を使い、慣れ親しんだ味付けでレシピを考えたいと思っていました。「ジビエ」とは、狩猟で得た野生鳥獣の肉を指すフランス語ですが、何も手の込んだフレンチじゃなくてもいいじゃないか、野生鳥獣の肉だからといって珍味扱いしなくてもいいじゃないか、という思いもありました。そして、フレンチでもなく、猟師飯でもない、何かもっと身近で手頃な料理を・・・と模索を続ける中で思い至ったのが、日本はもともと肉食文化圏ではなく、とくに赤身の肉を食べるのが下手、という事実でした。


* 島と大陸、それぞれの食文化の発展について

日本の食文化の特徴は、次の2つの要素に影響を受けていると思います。島国であることと、水資源の豊かさです。先史時代を除けは、日本人が食べてきたのは、主に穀物と根菜類と水産物です。海が近く魚介類が採れること。温帯湿潤気候で雨が適度に降り、国土の大半が山岳地帯のため小さな河川(清流)が無数にあり、淡水資源にも恵まれている。つまり海だけでなく、川や湖沼からも魚を採ることができていました。淡水があるので農作物もよく育ちます。世界各地と比較しても、食糧調達という点では非常に恵まれた地理的条件が揃っています。要するに、その辺にある水を使って作物を育て、その辺にある魚介類を採って食べていればなんとかなるという環境を背景にして発展してきた食文化です。

ただ、日本にいるとそれが普通の状態なので、どこがどう恵まれていて特徴的なのかは分かりにくいと思います。そこで、同じアジアの近隣の国々、例えば中国やモンゴルと比較してみることにします。

中国やモンゴルは、島ではなく大陸にあります。乾燥地帯のモンゴルは水資源に乏しく、農作物が育たないため、人々は遊牧生活を送ってきました。だからモンゴルは肉食です。モンゴル料理は肉料理と一部の乳製品で占められています。分かりやすいです。

また、中国(国土が広いので地域差は非常に大きいですが)の水資源のあり方も、日本とは大きく異なっています。中国には広大な平野を流れる大河があり、淡水も淡水魚もそれなりに豊富にありますが、それらは日本の小川を流れる水や清流に生息する魚とは違います。山脈を縫うように流れる日本の川の水は、急斜面をあっという間に下り海洋へと押し出されます。山で降った雨がすぐに海へと流れ出ていく。この繰り返しで循環が早く、水があまり汚れません。一方で中国の大河は、長い時間をかけて各地を蛇行し、泥をかき混ぜながら流れていくため、時間と共に水が汚れて(ミネラルが豊富とも言えますが)いきます。つまり日本と中国とでは、同じ淡水・淡水魚とは言え質が違うので、扱い方はかなり違ってきます。

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近所で駆除された鹿や猪141頭を解体し、お肉を食べる(食べてもらう)活動を続けてきました。ジビエ肉(主に鹿肉)をささっと調理し、おいしく食…

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