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【ピザの話】5分読

友人の事を思い出させるような天気だった。

台風にピザを頼む人間は一体どれくらいいるのか?
天気が良かったりキャンペーンの時ほどではないが、確実に“いる”
それは閑古鳥の鳴く店への配慮かもしれないし、ただ単純な好奇心や昨日のうちに食材を買えていなかった準備不足からかもしれない。

ともかくだ。従業員の安全確保のため、こういう日にはベテランのドライバーを出動させるべきである。が、台風を狙ってベテランを充てるシフトを組むのは無理に等しい。

そんなときに私が活躍する、台風専門の宅配ドライバーだ。
勿論乗り物はバイクだ、配達用の車が持てないような規模の店舗に呼ばれる臨時のドライバーだからだ。

「…ッ!!!注文入りました!!デラックス…オリジナルピザです!!!!!!」
キッチンに緊張が走った。
台風の日は注文を間違えるわけにいかない。
この大雨の中2度も無駄に配達をしなければならないのは重大な損失だからだ。
「サイドサラダフレンチ!!ドリンクコーラボトル!」
「ハイ!!」
緊張を保ったまま各々が作業に移る。
2つの袋に商品が綺麗に入っていくさまは圧巻だった。
「バカ野郎!!お前なんて事を…」
「すみません!!!!すみません!!!!!」
と、不意にレジから大きな罵声が聞こえてきた。

「…どうかしましたか?」
「あっ、木津さん。すみません、少しトラブルが…」
「すみません、台風の日は45分以後のお届けは無料!!キャンペーンがお休みなのですが、電話で伝え忘れて…」
「しかも電話番号も聞き忘れてしまったらしいんです。」
「なんと…」
すみませんと何度も半泣きで謝る彼女を不憫に思う反面、焦りがジリジリ沸いてくる。
幸い店が空いていることもありピザは10分程度で全て完成したようだった。
「あと35分で、できる限りやってみます。」
「木津さん!!」
2人の羨望の眼差しを受けながら私は出発の準備を速やかに終わらせた。

外は目に見えるくらいの大粒の雨だった。
昼下がりだというのに空は真っ暗でどこにも雲の切れ間はない。
(風は…まだ弱い方だな。)
配達先までは平時なら20分という所だ。
まだ35分ある、いつも通りなら余裕で間に合うだろう。
私はキッと空を睨むとバイクにまたがり、ほの暗い町へと繰り出したのだった。


目的地は小さな山を越えた先の住宅街、アパートの一室だ。
タルタルと配達バイクを唸らせながら坂道を走っていくと上り坂の先にびかびかとまぶしいライトの群れが見えた。
「なんて…事だ…」
なんとライトの正体は車が数台からんだ事故で塞がれた狭い山道だったのだ!!!
警察が大雨の中右往左往している。
「一体何が起きたんです!?!?」
立ち入り禁止を見張っている警察官に詰めよりがくがくと揺らして問いかける。
「やめなさい!今は事故の後処理中です。公務執行妨害で逮捕しますよ!!!」
思わず手を引っ込める。
事故の現場検証…こうなれば30分、いや、1時間はざらに時間が溶ける。
警察は私の格好をじろっと見ると見慣れたロゴに納得したような表情を浮かべた。
「あぁ、配達お疲れ様です。この先の町ならば少し戻って横道を行けば間に合うと思います。」
「本当ですか!?」
「ええ、ですが車で入れない細い道ですから気をつけてくださいね。」
「ありがとう…ございます…!!」
警官が憐れみの目で私を見てくる。
風が少し出てきたせいで私の前髪はしっとりと湿り気を帯び、みすぼらしかったのかもしれない。
ただ、なりふり構ってる暇はない。
急いでUターンすると先ほど教えて貰った横路へ向かった。

横路はまさしく悪路だった。
普段は優しいであろう山中の小川は荒れ狂い、素人が利便性でかけたであろうショボいアスファルトの橋まで飲み込もうとしていた。
ショボい橋なので欄干はなく、かけられたアスファルトの上を滑るように溢れた水が流れている。
たかが1メートルのショボい橋だ。バイクで渡ってしまえ!!!
その慢心が私を危険にさらした。
台風で勢いを増した風が煽りをかけ、ずるっと後輪が滑りそうになった。
…しまった!!!タイヤの溝が浅かったか!?
これでも1番良いバイクを事前に選んだ筈だが、しょせん車も置けないような弱小ピザ屋だ。
日々使い古された後輪はかつてのグリップ力を喪いつつある所だった。
私は瞬時に足を踏ん張ってリカバリーする。
3/2ほど橋から落ちかけた後輪はすんでのところでとどまって何とか持ちこたえた。
「危なかった…」
明らかに焦りから慎重さが喪われている。
そう判断すると橋を抜けたところに一度バイクを停車した。
残り時間は15分、初めて通る道だ。ここがあとどれくらいで町へ着く場所かわからない。
もう配達をやめてしまいたい気持ちになった。
こんな雨の中配達して貰えるのは一万円以下だ。
もしかしたら先ほどの川で死んでいたかもしれないのに、こんなにも冷たい雨に降られているのに。
これから行く先の道はごつごつした小石が多い、もしかしたら転倒するかもしれないし、木々がこの横路を暗くして怖くもあった。

そういえばお腹も空いてきた。
ちょうど昼飯を食おうとしたときに注文が来たから朝から何も食べていない。
ガチャ。
無意識のうちに後部座席の配達ボックスを開けていた、頭の中では天使と悪魔が戦っている。
ふと、袋が3つあることに気づいた。

そういえば出掛けにあのミスをした女の子から何か貰った気がする、急いでいたので中は見なかった。
紙袋に入ったそれをがさがさと開いてみると、ホットのコーヒーだった。
カップに“寒い中すみません、どうかご無事で。”と書かれていた。
あぁ、自分はなんて愚かだったんだろうか。
無事を願い送り出し信じてくれる仲間がいるのに!


そのコーヒーは冷えきった腹をじんわりと温めた。そしてその暖かさはまた走り出すための勇気へと繋がった。
もう一度バイクにまたがる。
雨がシートに降り注がれていてケツがひんやりした、恐らくパンツまで染みたがそんな些細なことは気にならなかった。
薄暗い山道を慎重に慎重に走りようやく町へと出たのは約束の5分前だった。
濡れたマンホールに気を付けながらアパートを目指すが、どうにも信号がうまく行かない。
進んでは止まり進んでは止まり、アパートの下に着いたときにはもう約束の時間ちょうどだった。
急いでビニールを抱えて階段をかけ上る。

しまった!!!!ふと見た時計は1分過ぎていた。
しかしまだ巻き返せるかもしれない、ピンポンを押すが返事がない。
もう一度押す…はーい!待ってください!!
中から聞こえるが出てこない。

ザアザアと屋根に雨が当たる音を聴きながら3分ほど待つと家主が申し訳なさそうにしながら出てきた。
「お待たせしました!!!すみません、時間通りに来てくれていたのに唐突に腹が痛くなって…」
「いえいえ、大丈夫です、こちらご注文内容お間違いないですか??」
「はい!間違いないです!そしたらこちらがお金と…あとこれ、ホットコーヒーです。雨の中ありがとうございました!」
パタンと閉じたドアを目の前にほっと胸を撫で下ろす。間に合った、間に合ったのだ!!!!
恍惚が心に満ち溢れる、先ほどまでの不安が一気に安心へと代わり誰に言うわけでもなく「やった…」と呟いた。

どんな悪路でもあの時川をわたったり友が死ぬ恐怖に比べたら乗り越えられる気がする。
前世で英雄だった男。
現代のメロスは、安堵した。


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