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「トヨトミの世襲」を読んで

 年始のボーっとしている時に、梶山三郎著「トヨトミの世襲」(発行所:小学館)を読んだ。本書は、世界最大手の自動車会社(仮想)の経営を巡る本。

 「トヨトミ」の本は、第一作の「トヨトミの野望」を読んで、面白かった記憶があり、次作の「トヨトミの逆襲」も発売直後に読んだ。創業一族の事業承継を基調に、近時の自動車業界を描いている。他の経済小説とは、ちょっと趣が違うけど、それはそれで面白い。

https://dps.shogakukan.co.jp/toyotominoseshuu/

 経済小説や企業、経営者物語は、比較的新しい分野の文学で、昔は、亜流文学と言われていた。けど、営々と書き続けた先人たちの努力が実り、この頃はひとかどの分野として定着してきた感じ。
 少し前なら、城山三郎、清水一行、堺屋太一、高杉良たち。今なら、真山仁とか、相場英雄、池井戸潤等々だろうか。高島哲夫なんかも、経済小説を書いたりしている。
 ほとんど、でもないけど、結構、たくさん読んだ。仕事にも役立つ豆知識や考察もあって、仕事の合間に読むには最適。

 梶山三郎と言う名前は、梶山季之と城山三郎を足して二で割った名前、と思ってたら、Web上でも同じ事を考える人がいた。そうだよな。経済小説と冒険小説と経済小説を足して二で割ったような、ドキドキ・ワクワク小説を書くって宣言してるペンネームなのかな。

ともかく、本書は、あっという間に読めて、正月の彩りになった。

自動車産業は、今の日本の屋台骨

 現在の世界最大の自動車会社は、日本のトヨタ自動車株式会社(以下、「トヨタ」という)。もちろん、日本経済の中でも断トツのNo1だ。
 GMやフォードだけでなく、ベンツやBMWなんかも抜いて、トヨタが、世界のトップ。日本経済は低迷、なんて言われているけど、トヨタは健在だ。

 国内に目を向けると、2022年の自動車関連産業の就業人口は554万人(出所:日本自動車工業会)で、なんとフィンランドの人口よりも多い。総務省統計によれば、日本全体の労働人口は、6,902万人なので、12人に1人は自動車関連のお仕事をしている計算になる。

 かつて「鉄は国家なり」と言ってた鉄鋼業や、重電や建設、銀行なんかが、日本経済の中央に君臨してたけど、今や、日本の基幹産業は、自動車産業。その中で、No1に君臨するのがトヨタで、2023年3月期の売上高は37兆円。イラクやニュージーランドのGDPと同じくらい。ウクライナのGDPよりも遥かに大きい。
 やっぱり、トヨタの大きさは、桁が違う。

EV戦争 

 これだけ巨大企業に成長すれば、方向転換も簡単ではないのだけれど、そこに目をつけた欧米の自動車会社もある。
 「そうだ、これから街づくり、道づくりをする新興国では、電気自動車にしよう」と大同団結して方向転換を進める。
 EV( Electric Vehicle:電気自動車)は、排気ガスを出さないから環境にイイと言って・・・。確かに太陽光発電等で充電出来ればイイけど、実際、自然エネルギーはそんなにたくさんない。かと言って原子力発電にも頼りたくない。難しいところだけど、未来が何とかしてくれるかも知れない。
 ともかくも、ガソリン車からEVに切り替える、欧米の戦略は、ガソリン主体で大きくしてきたトヨタにとっては、難敵。エンジンからモーターへの転換は、生産ラインの見直しだけでなく、ケイレツ以下の再整理も必要になるから、巨大企業ほどダメージは大きい。
 ゲームチェンジを仕掛ける欧米のメーカーが勝つのか、ガソリン車とハイブリッド車で時間稼ぎをしながらEV転換を図るトヨタが勝つのか、素人には全くわからない。けど、日本の雄トヨタには頑張ってもらいたいと願う。 
 ちなみに、EVをテーマにした経済小説もたくさんあって、読み比べてみると面白い。

自動車産業ほど、経済小説の題材になっている産業はない?

 ブログを書きながら、そうだ、自動車は経済小説の題材になってることが多いな、と思った。正しいのかどうか、わからない。調べてない。
 たぶん、日本の場合、自動車は、①比較的新しい産業で情報量が多い、②成長過程で合併統廃合が多く、物語ネタになり易い、③出自がいろいろでバラエティに富んでいる、等々が理由なんだろう。
 日産自動車株式会社(以下「日産」という)の始まりは、鮎川儀介がつくった日産コンツェルンを母体にした会社。そこに経産省(当時の通産省)主導経営難に陥ったプリンス自動車工業を合併して、今のかたちに仕上がっていく。いろんな経緯があったからなのか、城山三郎著「勇者は語らず」とか、高杉良著「労働貴族(改題:落日の轍)」等々、日産をモデルにした経済小説はたくさんある。
 また、本田技研工業株式会社(以下、「ホンダ」という)も、戦後、本田宗一郎がつくったベンチャー企業で、自動車だけでなく、二輪車も有名だ。清水一行著「器に非ず」とか、ホンダをモデルにした経済小説もあるけど、何といっても創業者の本田宗一郎物語は、あまたあて、語録集も多い。松下電器産業(現パナソニック)の松下幸之助、ソニーの盛田昭夫らと共に、戦後の日本経済をけん引した人物にフォーカスが当てられることが多い。
 トヨタも、大元を辿れば豊田織機に行き着くし、トヨタ創業物語もベンチャーらしく、様々なエピソードがある。けど、トヨタだけは、経済小説というよりも、経営の教科書が多い。そんな気がする。
 それは、たぶん、「ジャストインタイム」とか、「改善」とか、時代に併せて様々なトヨタ流の経営や事業手法が広まっているからだろう。今や改善は「KAIZEN」として、世界中で学びの言葉のひとつになってる。
 スバルだって、スズキ、いすゞ等々、どこもみんな興味深い経緯があって、今に至っている。

経営者の資質

 街中の飲食店や町工場から巨大企業まで、事業経営の世襲は、日本中、いや世界中に見かける。珍しいものでもない。
 お父さんが苦労して作った会社を引退する頃、息子や娘に譲りたくなるのもわかる。その会社の株式の過半を持っている人が、経営者にあれこれ言えるわけで、結局、経営者サイドに立ち易い。 私ですら引退する時、後継経営者をどうするのか、私が持つ過半の株をどうしたらいいのか、考えた。
 日本の自動車業界の中で、創業家に関わる経営者がいて、目立っているのは、トヨタとスズキ(スズキ株式会社)。他のメーカーだって、創業家の末裔が、何らかの関りを持った事業を起こしてたりする。ちなみにトヨタは去年6月に創業家でない人がCEOになっている。
 誰が経営者だろうと、「会社を経営出来る人」ならイイ。株主も顧客も従業員も安心出来る。
 経営者に求められる力量は、経営のかたちによって違う。事業や開発に強い人もいれば、営業に強い人もいるし、会計に強い人もいる。人脈・血脈の凄い人もいる。運がイイなんて人もいるのかも知れない。
 独裁経営者は、全ての権力を手中に経営するのだろうけど、権限移譲して役割分担しながら経営すれば、経営者自身の力量はごくごく一部がしっかりしてれば会社は上手くいく。「適材適所」が上手な経営者もいる。いや、あれもこれもダメなんだけど、放っておけない。この人のためなら、と周囲の人が祭り上げたくなる人もいるかも知れない。
 誰が経営者に相応しいか、の「方程式」なんかない。常にベスト・ベターを模索し続けるしかない。

 なんて、あれこれを考えながら読めるのが、経済小説。
 本書も、興味深く楽しませてもらった。 

                                                                                                   (敬称略)

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